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第174話 オアシス運動

 轟音とともに稲妻が落ちた後、チクニーは一瞬突撃しようかとも考えたが、やめて木の陰に隠れて機をうかがった。


 エピカはもっと遠くから二人の戦いの様子をうかがっている。勇者の剣の稲妻の有効範囲はだいたい10メートル強、これは前回のギアンテとの戦いで分かっていることである。そして、稲妻自体を防ぐ方法は主に三つ、一つは相手が狙いをつけてから一瞬で移動して落雷地点から離れる。もう一つは石や木、矢などを近くに撃って雷を誤誘導すること。最後の一つは魔力の中和で消滅させる方法である。


 しかし、最初の一つ、狙いを外す方法はヴァンフルフやビシドのような人の理を大きく外れるほどのスピードを持つ者か、勘の鋭いものにしかできないし、魔力の中和ができるのはアカネのパーティーではアマランテだけである。


 チクニーは木の陰に隠れながら付近にある木の枝や手頃な大きさの石を腰から下げてる道具袋に詰める。その後ちらり、と木の影から顔を出してスフェンの状態を確認すると、即座に稲妻が放たれた。


 それをやり過ごすとチクニーはすぐに反対側から身を現して石を投げつける。予想外の攻撃にスフェンがギョッとすると、その隙をついて一気に間合いを詰める。勇者の剣で石つぶてを払った彼が稲妻を発する前に切りかかる。ギィン、という金属音とともに二人の剣が火花を散らす。さすがにこの距離まで詰めるとスフェンも稲妻を使えないようである。電撃と言うのは放電状態でなければ基本的に目視できない力である。近距離で使えばどのような影響があるのか、スフェンにも分からないからだ。


 しばらくスフェンとチクニーが切り結ぶ、力はチクニーが上であるが、技とスピードはスフェンが若干上である。剣戟の合間を縫ってスフェンの前蹴りがチクニーの胴当てを捉える。少し間合いが開くと、スフェンがバックステップをしながら稲妻を放つ。


 しかしこれは遠間から風魔法で木の枝を二人の間にエピカが叩きつけて無効化された。稲妻が収まると即座にチクニーが再び切りかかってくる。


(クソっ、思ったよりも強いな!ギアンテが苦戦するわけだ。アカネさんの腰巾着くらいに考えていたが、さすがに腐っても『闇の勇者』一行のアタッカーか、一筋縄じゃ行かない。)

 スフェンの顔に焦りが浮かぶ。


 どうやら彼はギアンテよりも強い自分が勇者の剣を使えばこの二人などあっという間に倒せると思っていたようだが、チクニーの剣技は意外にも巧く、なんとか間合いを取って稲妻を放っても今度はエピカの風魔法による妨害でそれを止められてしまう。激しく戦いながらも膠着状態に陥りつつあった。


(まずいな、このまま戦い続ければ、体格に比して大きい剣を使っている僕の方が先にスタミナが尽きるかもしれない…!!)

 二人の戦いは互角、スタミナもほぼ同程度であったが、チクニーは追い詰められた時の『爆発力』と『発想力』に優れる。この後アカネ達も始末しようと考えているスフェンは早めに勝負をつけたいのだ。


 スフェンは剣戟のさなか、ひときわ強く剣を打ち付けてチクニーの重心を崩すと、顔を下に向けて剣を天にかざした。


 その行動の意図が読めずエピカとチクニーの動きが一瞬止まる。


 意図は分からないが遠くにいるのは危険だ、とチクニーが剣を下段に構えて間合いを詰めると、勇者の剣に魔力が集まるのが感じられた。やはり稲妻を使うつもりのようだが、この間合いで一体どうやって?とチクニーが目を凝らしていると…


 ドゴォォン


 これまでにない大きな轟音とともに最大出力で天に向かって稲妻が放たれた。


「ウグアァ!!」

 巨大な音と光に驚いてチクニーがバックステップする。


(な、何が起きた!?)

 体に異常はない、しかし自分の感覚の変化にすぐにチクニーは気づいた。


(目が…それに、耳も!!)


 至近距離で稲妻を直視してしまったために、光と音で視覚と聴覚が封じられたのだ。フラッシュバンというやつである。

 チクニーは剣を杖代わりに地面に突き刺して、何とか体を支えている状態である。


「かかったな!」

 スフェンが横に大きくサイドステップしてチクニーの状態を確認する。彼は稲妻の光と音を避けるため、顔を伏せ、両手の二の腕で耳を塞いでから稲妻を放ったのだ。チクニーは剣を地面に突き刺して、それに寄りかかるようになんとか立っているというように見えた。


「この勝負、僕の勝ちだ!力も知恵も!僕の方が上だったな!!」


 そう言った後スフェンは間合いを詰める。


 一歩


 二歩


 三歩目で大きく跳躍してチクニーに切りかかった。


 彼のいる方向も、間合いも、襲い来るタイミングも…チクニーには見えないはずであった…はずであったのだが…


 チクニーは、確かにそれを聴いていた。聞こえぬはずの耳で、聞いていたのだ。


 飛び掛かるスフェンの方に彼は体を向けると、そのまま倒れこみながらスフェンの剣を躱して、体のばねを利用して全力で下から上に切り上げた。


 左足からわき腹、そして肩にかけて、一直線に切り上げられて、スフェンは力なく地面に倒れこみ、勇者の剣を落とした。



「無明逆流れ」



 そう呟くと、チクニーはしゃがんだまま手探りで勇者の剣を探し出し、手に取った。


「コンコスールさん、ケガはありませんか!?」

 そう叫びながらエピカが走り寄る。


「その通り…確かにお前の姿も音も、俺には届いてはいなかった…」

 チクニーがそれに答えるが、まるで話がかみ合っていない。まだ耳鳴りがひどくて聞こえていないのだ。誰かがしゃべっている、程度は分かるようだが。


「はぁ、はぁ…何故…?見えても聞こえてもいないのに…?」

 スフェンが体を起こせないまま、チクニーに問いかける。彼に届いているかどうかは非常に疑問ではあるが。


「秘密はコレだ…」

 チクニーが己の両手剣の柄をなでる。奇跡的に話がかみ合った。


「剣を地面に刺して、柄をこめかみに当てて、その振動を聴いていたのさ…」

 なんと、チクニーは剣で自分の体を支えていたのではなく、地面に伝わる振動からスフェンの方向と襲い掛かるタイミングを聞き取っていたのである。


 エピカが回復魔法でチクニーを回復した後、しばらく考えて、スフェンの傷も回復させた。


「…僕の完敗です…さあ、裏切り者を殺してください。僕にはもう何も残されていない…」

 スフェンが覚悟を決めたようにそう呟く。


「目的は達成した…もうお前を殺す意味なんてない…お前自身が『死ぬ』意味も、もう無い…」

 チクニーがスフェンに話しかける。『お前』呼ばわりに一瞬スフェンはカチンときたが、そのまま話を聞いていた。


 実を言うとチクニーはアカネと同じで状況と相手が変わると割ところころ口調が変わる。普段は奴隷と言う立場もあり基本的に相手に『さん』付けで話すが相手が敵と分かれば呼び捨てにする。かつての主人、エイエと話した時だけ一人称も『私』であった。

 アカネとの旅は結構しょっちゅう敵と味方が入れ替わるようなシチュエーションが多かったので大変であっただろう。


「目的の勇者の剣は手に入れたから裏切ったことは水に流すってことですか…しかし、もう戦争も終わる。僕の利用価値なんてない…生かしておく理由がないなら殺せばいいでしょう!!」


 スフェンの自暴自棄のような発言にチクニーは少し悲しげな顔をして、考え込んでから話した。


「最近の勇者様は…もう、これ以上敵にも味方にも死んでもらいたくないって…そう考えているように見えます。死ぬ理由のない人が、無駄に死ぬ事はないんです…」


「死ぬ理由なら有りますよ…大勢の人を裏切って、殺す理由のないギアンテも殺して勇者の剣を奪い取った…僕の技量なら戦闘不能にして剣を奪うこともできたのに…

 僕には罰せられるだけの理由がある!!僕は『自由にやった』…だから今度は責任を負うべき時なんだ…」



「スフェン…心に『オアシス』を持て」



「お、おあしす?」

 全く予想外だったチクニーの発言に思わずスフェンが表情を崩して聞き返す。


「心のオ・ア・シ・ス、だ…


 オ…俺じゃない

 ア…あいつがやった

 シ…知らない

 ス…済んだこと


 これが、心のオアシス運動だ…」


 「………」


 あまりにあんまりな発言に辺りが静まり返る。


(こ…この人…

 メンタル強ぇ…)

 あまりの強烈な発言にエピカは目を丸くしてそう思った。


「いいかスフェン!人間ってのはどんな状態でも生きていくしかないんだ!人間は生きてこそだからな!勇者様の言う通り死んだら終わりだ!!

 だったら!!くだらない責任なんて全部他人にひっ被せちまえ!知らんぷりしてりゃそのうちだれかが何とかしてくれるだろう!!」


 あまりにも力強く語るチクニーにスフェンは驚愕しながらも反論の為口を開く。


「で、でも…僕はどんな理由があったとしても、ギアンテを殺し…」


「お前じゃない!!」


 チクニーの言葉にスフェンは混乱した。え…?何言ってんのこいつ?ギアンテを殺したのは俺だけど?という考えが読心術を持ってなくても聞こえてくるようだ。


「いいか、いいか!元々ギアンテは俺たちの敵だ!素直に勇者の剣を渡さなかったなら殺したってしょうがないだろう!お前は何も悪くない!!」


「それでも…殺さずに制圧もできたはずなのに、僕は彼女を…」

 言い訳のように自分を責めようとするスフェンをまたチクニーは一喝する。


「アイツが悪い!勇者様が全部悪い!そもそもギアンテから勇者の剣を奪う作戦を立てたのは勇者様だ!

 お前はその作戦通りに行動しただけだ!何がいけない!!」


「でも僕は、そもそも自分の家族の問題から絶望して、自分勝手な理由でアカネさんの作戦を滅茶苦茶に…」


「知るか!!」

 チクニーの論破が段々いい加減になって来た。


「そんなの黙ってりゃ分かんないだろう!自分の胸の内で起こったことなんて一々人に話す必要なんてない!

 そもそもそんな話してもどうせ勇者様は聞き流してるだけだ!!あの人他人の回想話聞くの大嫌いだからな!!

 黙ってりゃバレない事なんて一生知らんぷりしてりゃいいんだよ!!」

 正直言うとチクニーも聞き流してるだけだったが。


「でも…結果として、ギアンテだけじゃない、多くの兵士がこの戦いで死んだ…その責任をだれが負うって言うんだ…」


「済んだことだ…」

 チクニーが静かに答えた。オアシス運動の完成である。


「済んだ事をくよくよしたって仕方ないだろう…どんなに後悔したって明日は来るんだ…

 だったら頭を『明日』に切り替えろ!取り返しのつかないことをくよくよ悩むより、明日の朝飯どうするかの方がよっぽど重要だ!!

 …それでもどうしようもなくって、死ぬしかないなら、その時改めて責任を取ればいいんだ…それまでは自分が生きる事だけを考えろ…」


(こっ…これでいいの…?人生ってこんなに簡単なの…?)

 あまりにも単純明快なチクニーの人生観にエピカは今まで築き上げてきた価値観を丸ごと破壊されたような感覚に襲われていた。


「僕は…生きて、いいんだ…」


 スフェンの頬を涙が伝った。生まれて初めて自分の全てを肯定してくれる人間に出会ったのだ。まるで憑き物の落ちたような、そして同時に、大切な何かを丸ごと失ったような表情であった。




「生きることに言い訳なんていらない。生きるのに資格なんて必要ないんだ…誰だって、生きていいんだ…」

意思は弱いけどメンタルつよつよなチクニー。アカネとは正反対。

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[一言] 真面目な戦闘だとうっかり感心して読んでいましたが、いつもの外道な展開で安心しました(よかったー) 唯一の幼女成分だったのに…(;_;)
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