第173話 懲りずに過去語り
「スフェン…ギアンテから勇者の剣を奪って俺たちに渡してくれる…って雰囲気じゃなさそうだな…
君は、裏切っていたのか…」
「裏切る…?」
狂気を帯びた笑みを顔に張り付けたままスフェンが聞き返しながら、さらに話を続ける。
「僕は最初から誰の味方でもない…自分の為だけに生きている…裏切ってなんかいないよ…『騙した』なら分かるけどね…」
「俺たちもイルセルセも裏切って、いったいどうするつもりなんだ、自分が王にでもなるつもりか!?」
チクニーはスフェンを責めるように問い詰めるが、彼からは正気なのか狂気なのかそれすら分からないような口調で答えが放たれた。
「『王になる』か…なかなかいい案だね…特に考えもなく暴れてたけど、何か目標があった方が張り合いってもんがあるからね…
たとえ失敗しても天下を枕に野垂れ死に…僕にはできすぎた最期だね…」
「信じられない…こんな破滅思考の持ち主だったなんて…」
エピカの表情が恐怖に歪む。今までに他人に見せてきた、人当たりのいい明るい表情は彼のペルソナの一つに過ぎなかったのだ。
「エルベソに亡命した家族はどうするんだ?家族に認められることが目的だったんじゃないのか!」
両手剣を構えながら狼狽した表情でチクニーが問いかける。自分達を罠にはめてギアンテを殺した。彼の目的が全く見えないが故の恐怖に捕らわれているようである。
「家族か…あんな奴らもうどうだっていい。
ノルアから離反した後、僕は王都に戻って家族に会ったんだ…そこで何を見たと思う…?」
(あ…自分で聞いといてなんだけど、長くなりそう…
…この隙に状況整理でもするか…)
スフェンの自分語りが始まると、チクニーは目線だけで辺りを見渡し、状況を整理し始めた。RPGとかアクションゲームとかで興味のないムービーが始まって、その間にトイレに行ったり飲み物を取ってくる感覚である。
それに戦況も気になるが、スフェンが最初から裏切っていた、となると、この『罠』の見え方も随分違ってくる。
そのチクニーの様子に気付くことなくスフェンは自分語りを始める。
「久しぶりに家族に会ったらね…なんと弟が生まれてたんだよ…どうやら僕がステファン達と冒険に出てしばらくしてから生まれたらしいんだ。僕は母が妊娠してることすら知らなかったけどね…」
(スフェンが最初っから裏切ってた、となると、もしかしてエルベソやオムニアの独立の情報をイルセルセ側に流したのはスフェンなんじゃないのか…?
最初っから混乱に乗じて勇者の剣を奪うつもりだったんならオムニアの独立宣言によって俺たちが一方的に有利になるよりは力を拮抗させて混乱させた方が得になるもんな…イルセルセが独立の気配に気づいてた、ってよりはそっちの方がずっと可能性が高い気がする…)
そう考えながらチクニーは目線だけで辺りを見回すが、周囲にはもう向かってくる兵士はいない。既に絶命している兵士も多いが、戦闘により負傷して動けない、戦意を失っている者も多く、五体満足な者ももう逃げ出してしまっているのかもしれない。
「なぜだ!僕は捨てられたのに、なぜアイツはぬくぬくと生きて家族に愛されて暮してるんだ!!僕とアイツの何が違うって言うんだ!!」
涙を流しながら一際大きな声を出したスフェンにチクニーとエピカがビクッとする。何だか知らないがえらい盛り上がりようである。
「メイヤの遺跡でも話しましたけど、僕は生まれてすぐ家族に捨てられたんです。多くの苦難を越えて、やっと家族に会った時も、父は僕を子供とは認めてくれなかった…」
スフェンがうつむいたままそう話した。
(そ…そうだっけ?そんな話もしたような…しなかったような…)
チクニーの額に汗が浮かぶ。アカネの事を散々馬鹿にしてはいたが、実を言うとこの男もスフェンの過去語りをよく聞いていなかったのだ。
(まずい…俺の分からない話で大層お盛り上がりになっておられる…いまさら「覚えてません」なんて言える空気じゃない…)
「でも、無事騎士として身を立てられれば家督を継がせてくれると…認めてくれると御父上はおっしゃってたんでしょう?この戦いが終われば、それも手に入るじゃないですか!なんで自らそれを壊すような真似を…!!」
エピカが瞳に涙を浮かべながらスフェンに話しかける。
(何を言ってるかは分からないけど…どうやらエピカさんはこの話を覚えてるみたいだ…
…よし!ここはエピカさんに任せよう!!)
チクニーの方針が決まったようだ。
「僕が死ぬ思いで手に入れようとしている地位を何もしていない弟がすでに手に入れてる、そう思ったらもう何もかもどうでもよくなったんですよ!!もうあんな家族どうだっていいんだ!!
…そう悩んでるときでした。アカネさん達が来たのは。そして、この作戦を思いついたんです。イルセルセとアカネさん達の両方にいい顔を見せて、何もかもぐちゃぐちゃにしてやる、ってね。
イルセルセもノルアも破壊しつくして、僕の巨大な墓標にしてやる!」
「そんな破滅的な考えは間違ってます!!」
エピカが急に声を張り上げて言った。
「アカネさんも言っていた通り命の価値は生きていてこそです。自暴自棄になって全てを壊すなんて、間違ってます!
…もうすぐ戦争も終わります。そうすればあなただって、自分の生きる、本当の価値を見つけることができるはずです。」
このエピカの必死の説得にスフェンは黙り込んでしまった。
(え…?これ、行けそうな感じ…?俺もなんか援護射撃した方がいいよな…)
この空気にチクニーも希望を見出す。ここで勇者の剣を取り戻せれば大金星である。
心が揺れながらもスフェンは言葉を探すようにゆっくりと話し始めた。
「エピカさんは…チクニーさんと恋仲でしたよね…人に愛されているからこそ、そんなぬるいことが言えるんですよ…僕にはその気持ちは分からない。」
この言葉にチクニーが助け舟を出すべくゆっくりと口を開いた。
「…スフェンさんだって、いずれそういう人が現れますよ…
それも、生きていればこそ、です。
それに、今だって、スフェンさんのことを大事に思っている人はいますよ…」
「僕のことを思ってくれる人なんて…」
自嘲気味に言うスフェンにチクニーは慌ててフォローするように言う。
「いや、ほら!テームさんですよ!テームさんはスフェンさんのことを随分想ってて…
ノルア王国から離反した時も、いろいろあった(第151話参照)って聞きましたよ!」
「………」
「…聞いたのか…」
「あっ…」
チクニーが焦りの表情を見せる。
「あの時何があったのか、聞いたのか…あのホモ野郎から…」
スフェンは憤怒の表情でうつむいた。黒い怒りの炎がその瞳の中に燃えている。
(あかん、やってもうた…)
チクニー、久しぶりのやらかしである。スフェンにとってノルア王国を離反した際のホーモィングムーブは決して知られたくない黒歴史であったのだ。それはそうだ。ホモに犯されそうになった話など知られて気分の良いものなど居ようはずもない。
「生かしては帰さん…」
スフェンの勇者の剣を持った右手がゆっくりと上がり始める。その寸前にチクニーはエピカを体当たりで遠くに吹き飛ばすと、自身はギリギリまで引き付けてから脇に跳んで木の陰に隠れた。
ドォン
轟音とともに稲妻が放たれた。もはや周りに兵士などいなかったが恐らく彼にとってはイルセルセの兵士が周りにいようが関係なかったであろう。
(相変わらずすごい威力だ!アレを食らったらひとたまりもない!)
そう考えながらチクニーはエピカに指示を出す。
「エピカさんは決して勇者の剣の有効範囲に入らないで、遠くからサポートをお願いします!」