第172話 チクニー&エピカ
一般の兵士たちを危なげなく倒しつつ森から抜けようとしていたチクニーとエピカの前に立ちはだかったのは、『勇者の剣』を携えた炎の勇者、ギアンテであった。
「見事におびき出されたってわけですね…やっぱりスフェンさんが二重スパイってことには気づいてたんですね…」
チクニーが額に汗をにじませながら問いかけるが、ギアンテから聞こえた答えは予想外の物であった。
「当たらずも遠からず、ってとこかな…スフェンは二重スパイどころか最初っからこちらのスパイ、あんたらを裏切ってたのよ。あんた達はまんまと騙されたのよ…」
「に、二重…三重、スパイ…?いや、逆の逆だから、ただのスパイ…?」
チクニーはもはや混乱しており、『スパイ』がゲシュタルト崩壊を起こしつつあった。
「落ち着いてください、コンコスールさん、とにかく目の前の敵に集中しましょう。」
エピカが後ろを警戒しながらもチクニーに声をかける。目の前には大分数を減らしたとはいえ、ギアンテのほかに一般の兵士たちもまだ多い。
しかし、実はこの状況、チクニーにとっては考えていた『勇者の剣封じ』の状況であった。
一瞬の隙をついて一気にチクニーが間合いを詰めて突きを繰り出す。ギアンテはそれを勇者の剣で受けてから切り返すがチクニーはそれを難なく躱してさらに攻撃を続ける。
(やっぱり、前に戦った時よりも攻撃の回転がだいぶ遅い。勇者の剣は大ぶりな両手剣だ、前みたいな片手剣のサーベルよりもよっぽど戦いやすいぞ!)
そう思って剣を切り結びながら、ギアンテがやはり電撃を使ってこないことも彼の予想通りであった。やはり仲間が周囲に多くいるこの状況では細かい狙いのつけられない勇者の剣の稲妻は使えないのだ。
戦いながらもチラリと後方のエピカを確認すると、彼女も魔法を駆使して兵士達の相手を危なげなくしていた。あちらも問題なく戦えそうである。
チクニーは一瞬の隙をついてギアンテにサイドキックを当てて間合いを取り、エピカの方に寄り、付近の兵士を切り捨ててから彼女に話しかけた。
「やっぱり、この状況なら問題なく戦えます。あとはギアンテが破れかぶれになって味方ごと勇者の剣で焼き払ったりしないか注意するくらいです。このまま一塊になって戦いましょう!」
そう言ってチクニーはまたもギアンテに切りかかってゆく。今度はその後ろにエピカがぴったりとついている。チクニーとギアンテが切り結び、そのすぐ後ろでエピカが周囲の兵士を弱い炎魔法でけん制しながら戦う。エピカの炎魔法はアマランテに比べるとだいぶ弱く、兵士にヒットしても一瞬で消し炭にするような力はなく、兵士はしばらく転がりまわって必死で火を消すと、だいぶ体力を削られながらもまた起き上がって戦意を見せる。
しかし、これでよいのだ。今、周りにいる兵士共はチクニーとエピカにとっては『敵』でもあるが『弾避け』でもある。彼らが周囲にいる以上ギアンテは勇者の剣の稲妻を発することができないのだ。
「くそっ!戦いづらい!!」
ギアンテがチクニーの剣を受けながら愚痴る。どうやら彼女はこうなることを想定していなかったようである。チクニーはギアンテと切り結びながらも、兵士が近づくと、足さばきを上手く利用して挟まれないように移動し、むしろギアンテとの間に兵士が入るように誘導しながら戦う。
さらに状況が悪くなるほど囲まれそうになるとエピカが魔法で敵を攻撃して適度に散らす。
一瞬チクニーを押し返して態勢を整えて攻撃に転じようとすると、味方が攻撃範囲に入って思うように反撃に出られない。やはり味方が邪魔になって電撃も出すことができない。
さらに使っている勇者の剣も自分に合わない。体格が男性に比べて小さいギアンテはそれを補うように細身のサーベルをこれまで利用していた。アカネみたいなメスゴリラならともかく、これは女性なら当然の選択である。そして現在使っているのは大ぶりな両手剣である。攻撃力は上がるが、チクニー相手では当然分が悪い。武器に振り回されてしまうのだ。
「くそっ」
ギアンテは悪態をついて一旦距離を開けて逃げ、木の陰に身を隠す。
(やってられん!味方が邪魔になるなんて!数が減ってから私一人で行った方がマシだ。兵士達には悪いが少し数が減ってから、アイツらが消耗したところで改めて決着をつけよう。
アカネ達他のメンバーがどうなったのかも気になる。ルウル・バラも叔父上もいるから、難なく片付けてるとは思うが、少しそっちの様子をうかがってみるか…)
そう考えてギアンテは一旦チクニー達と距離を取った。
「まずいな、ギアンテに逃げられる…」
チクニーが少し焦りの表情を見せるが、戦い方は落ち着いている。結局ギアンテが現れる前の状態に戻ったのだ「あの女、何しに来たんだ」状態である。
「とにかく、目の前の戦いに集中しましょう。」
先ほどと同じエピカの言葉にチクニーは落ち着いて剣を振るう。アカネとビシドが旋風ならチクニーとエピカは突風である。チクニーの一振りは兵士を文字通りなぎ倒すように蹴散らし、エピカがその隙の補完と後方の警戒を攻撃魔法でする。さらに徐々に失われるスタミナを回復魔法で癒しながら戦う。
戦っているうちに向かってくる兵の数もだいぶ少なくなってきた。
(最初に兵は100人前後いたが、今はどのくらいだ?俺たちの他に勇者様、ビシドさん、アマランテさんの3人だから等分すると担当は25人から30人ってところか…?
もう相当数の兵力を削ったと思うけど、他の人たちの戦況はどうなんだろう…?)
大分余裕が出てきたのか、戦いながらもチクニーは他の戦局が気になってきていた。その時である、ひときわ大きな木の影からギアンテが姿を再び現した。
「ぐ…うっ…」
しかし彼女は最初に現れた時のような余裕の表情ではなく、顔面蒼白になっており、そのままずるずると崩れ落ちて膝をついた。
「ごほっ…」
とうとうギアンテは血を吐いて地に伏した。見ると、腹から血を流している。何者かに刺されたようだ。
「ギアンテさん…一体…?」
エピカが困惑の表情を向けると、ギアンテのいた巨木の影から見覚えのある人影が出てきて、彼女の頭を踏みつけた。
「助かったよ…ギアンテもヤーッコも…アカネさん達もみんな僕の思い通りに動いてくれた…」
それは、勇者の剣を携えた、見習い騎士、スフェンであった。その顔には暗い笑みをたたえている。