第171話 アマランテVSエルヴェイティ
「ファイアバレット!」
アマランテの呪文とともに複数の火球が空間に現れ、エルヴェイティに襲い掛かる。エルヴェイティは少し間合いをそってから木の陰に隠れてそれを凌ぐ。周囲にいた何人かの兵士がその火球に巻き込まれて火だるまとなったが、この隙にアマランテも木の陰に隠れながらエルヴェイティの様子をうかがう。
アマランテにとっては天敵と言ってもいい相手である。いかな魔力に優れた魔導士と言えどもサウロムのような特殊な例を除けば彼女の魔力を凌ぐことはできないし、アーチャーであってもアマランテの魔法の前では手も足も出ない。近接戦闘を主とする剣士であればなおさらである。
しかしそれが『剣聖』の名を冠する達人となれば話は別だ。
エルヴェイティはアマランテの動きを確認すると一瞬で木の影から出て間合いを詰めて切りつけようとしてくる。アマランテは腰に差していた、ウォーレンからもらったレイピアで間合いの外からそれを牽制しながら、自分と相手の間に炎の壁を出現させる。
「ファイアウォール!」
その魔法とともに再びアマランテは間合いを取って木の陰に隠れる。アマランテは左手にオリハルコンの宝玉のついた杖、右手にレイピアを装備している。余談であるが、アカネがベンヌを暗殺した武器はこのレイピアである。
通常であれば近接戦闘を主とする剣士は遮蔽物を上手く利用しながら魔導士の隙を伺うこととなるが、此度の戦闘は完全にそれが入れ替わっている。
アマランテは剣士が開いてであれば右手のレイピアでけん制し、左手の魔法で制する、という戦い方を取っていたが、それは相手が『並の使い手』ならば、強かったとしてもせいぜいギアンテ程度までなら通用する戦闘スタイルである。
対してエルヴェイティは10メートル近くの距離を一息で詰めてきて、強力な一撃を放ってくる。これを片手剣で受ければ最悪の場合剣が折れてそのまま己の体を両断されるし、そうでなくとも強力な一撃で重心を崩して、次の攻撃に対応できなくなる。
それを避けるために木の陰に隠れてエルヴェイティを慎重に警戒しているのだ。アマランテはエルヴェイティとアカネの戦いは見てはいないが、彼がどんな戦い方をして、アカネがそれをどう倒したかは、アカネからよく聞いている。
「どうしたどうした!剣士相手に随分消極的だなあ!」
アマランテは声の聞こえた方に周囲の木ごと爆発魔法で吹き飛ばしたが、魔法が達する頃にはそこにはもうエルヴェイティはもういなかった。
「フッ!」
思っていたのと別方向から一気にエルヴェイティが飛び込んで切りかかってくるが、これを何とかしのいでまたもファイアウォールを出現させてアマランテが距離を取って木を盾にする。
「まずい、強すぎる魔法で木ごと吹き飛ばすと今度は自分が使用できる遮蔽物が減ってしまう…」
アマランテが焦燥した顔で周囲に味方がいないか探すが、どうやら近くにはアカネ達はいないようである。自分一人でこの強敵をどうにかするしかない。
通常であれば剣士と魔導士の戦いとなると、魔導士は身を隠すことなく遠距離攻撃を連発し、剣士は遮蔽物を利用しながらそれをかいくぐって距離を詰めようとする、という戦いになるが、この戦いでは全くの逆になっている。いかにエルヴェイティの攻撃が強力であるといっても複雑に繊維の絡み合う木を一撃で両断することはできない。そのためアマランテが遮蔽物となる木を盾にして、陰から魔法を撃つ。
対してエルヴェイティは特に身を隠すことなく、それを見てから悠々と躱し、一瞬の隙を見て距離を詰めて切りかかる。それを何とかしのいでアマランテがまた遮蔽物に隠れながら距離を取っている。
しかしアマランテの敵はエルヴェイティだけではない、周囲に近づく兵士がいればその相手もしながら戦わなければならない。巻き込まれることを恐れてそういった者の数は大分少なくなってきていたがそれでも油断はできない状況だ。
「何とかして隙を作らないと…こんなことならもっとアカネ様と組み手でもしておくんだった…」
アマランテは少し考えてから風魔法を発する。強力なダウンバーストで木の葉と枝が舞い散り目くらましになった瞬間、細く絞った炎をレーザーのように数本エルヴェイティが居た場所に目測をつけて発射するが手ごたえはない。
次の瞬間エルヴェイティはアマランテのいる場所に剣を上段に構えて跳躍していた。アマランテはこれに驚いてが落ち着いて逆に間合いを詰めて自身のレイピアでエルヴェイティの剣の根元を受ける。こうすることで受ける力は大きくなるがスピードは遅くなる。剣の破損を防ぐ工夫である。
そのままアマランテは身を反転して肩でエルヴェイティに体当たりして少し間合いを取ると風魔法を自身に当てて後方に大きく跳躍して距離を取った。
「逃げの一手だな。そうしなきゃ怖いのは分かるが、自分の殻を破らねえと『強敵』には勝てねぇぞ!」
エルヴェイティは徴発してくるがアマランテはそれを無視して木の陰に隠れる。実際アマランテはアカネやチクニーのように『強敵』と対峙した経験は少ない。戦闘スタイルとしては強力な魔法で圧倒するだけの単純なものだったし、唯一戦った『強敵』サウロムには結局エピカと2対1でも全く歯が立たないだけで終わってしまった。
「フッ!」
考え事をしていると横から兵士が切りかかってきた。アマランテは一瞬狼狽えたが足の速い電撃魔法でそれを撃破する。
さらに加えてこの状況である。敵はエルヴェイティだけではないのだ。ただでさえ複数の事案に同時に対処するのが苦手なのにエルヴェイティと戦いながら足場の不安定で遮蔽物の多い森の中、一般の兵士も襲い掛かってくる。アマランテの脳は既に混乱しつつあった。
「誰か…誰か、助けてほしい…アカネ様はどこにいるの…?」
アマランテは涙を瞳に溜めながらはぐれてしまった己の不運を呪うが、涙をぬぐうと、決意を込めた表情をした。
「アカネ様だって、ずっといるわけじゃない…自分で、自分の命を守らなきゃ…こんな時、アカネ様ならどうする…?」
そう考えている間にもエルヴェイティは切りかかってくる。いつの間にか距離を詰めて、剣が視認できないほどの振りかぶりで横薙ぎに剣を振るってきた。
「まさか、木ごと両断するつもり!?」
あわてて木を盾にしてアマランテは反対側に回り込んでエルヴェイティを攻撃しようとするが、インパクトの瞬間バキッと木が折れる音がした。剣で木を切った音ではない。
エルヴェイティが右手に持っていたのは剣ではなく先ほどアマランテがまき散らした木の枝であった。では、彼の得物はどこに?それを見つけるより早くエルヴェイティはいつの間にか鞘に納めていた剣を左手で逆手に持って抜き放とうとする。
剣の長さがあるため左手で抜こうとすれば若干もたつく動きがあり、アマランテはこれを何とか右手のレイピアで凌いだ。そのまま左手で魔法を放とうとするが、エルヴェイティの前蹴りの方が早かった。
幸いにも距離が近すぎたため、鳩尾には入らず、アマランテはその蹴りを下腹部で受けて体のばねを利用して一気に距離を取ってまた木の陰に隠れる。
腹部に鈍い痛みを感じながらもアマランテは考えをまとめる。内臓にダメージがないのは不幸中の幸いである。鳩尾に入っていれば動きは止まって、思考力も奪われ、勝負は決していたであろう。
「ただでさえ強いのに頭を使って小技も混ぜてくる…」
何か作戦を練らねばもはや勝ち目はなさそうだ。
エルヴェイティがイライラしたような口調で独り言を漏らす。
「そろそろ決着をつけねえとアカネの方がどっかに逃げちまうな…次こそ決めてやる…!!」
エルヴェイティとアマランテの距離はかなり開いていたが、エルヴェイティは身をかがめて左足を後ろに引く。右足を一歩前に出して外側に捻り、前方に内側を見せるようにしゃがみこみ、上半身は大きく右に捻り、そのまま制止する。
アマランテが盾に使っていた巨木からオリハルコンの杖を持った人影が見えた瞬間、エルヴェイティは左足で地面を蹴り、捻っていた右足首を一気に戻す力と体のひねりを利用して、極端に足を開いたままこれまでにない神速の速さで飛び込んでくる。
主に中国北派拳法に広く伝わる絶招歩法である。踏み込みの際に捻った足首を戻す力を利用して強く大地を蹴る。この足遣いはバレエなどで助走をつけずにその場で高く跳躍するときなどにも使われる。
しかし、剣を相手の体に食い込ませた瞬間エルヴェイティはその違和感に気づいた。
アマランテではない。
それはオリハルコンの杖を持って、先ほどまでアマランテが着ていた上着を着てはいるが、鎧をはぎとられてアマランテの電撃魔法でスタンさせられた兵士であった。
自身の最大の武器を持たせて、アマランテは一体どこにいるのか、焦ってエルヴェイティが回り込んで巨木の裏側を覗き込むが人影がない。
その瞬間であった。自身の左側に足音と違和感を感じて振り向くと何もない空間からアマランテが突如出現した。
「なにぃ!?」
エルヴェイティが驚愕する。
アマランテは木の影にいる間に気絶させた兵士に自身の上着を着せ、九字の呪法により気配を遮断した上でエルヴェイティの突進を誘発したのだ。森の中、枯葉の上であるため、アマランテが踏み込むと、すぐにその足音によって九字の呪法は解かれたが、その一瞬があれば充分であった。
エルヴェイティの左側面に回り込んだアマランテは彼の左腕を強くつかんだままさらに背面に回り込もうとする。エルヴェイティはそれをさせまいと身を反転して剣で切りつけようとするが、自身の左腕が邪魔になってそれができない。
その瞬間である、アマランテの掌底がエルヴェイティの脊椎に強く撃ち込まれると同時に電撃魔法が流され、一瞬のうちにエルヴェイティは意識を失った。
「はぁ、はぁ…」
荒い息を見せて憔悴しきっているアマランテであったが、それに襲い掛かる兵士はもう辺りにはいなかった。先程のエルヴェイティとの戦いに巻き込まれてそのほとんどが気を失うか絶命するかしていたのだ。
「アカネ様…どこに…?」