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第170話 アカネ&ビシド

 夜の森の中、兵士たちのどよめきとともに荒い息遣いが聞こえる。


 兵士たちは二人の女性を囲んで、円陣を組むように立っており、その中心に位置する二人の女性は彫像のように不動のまま仁王立ちしている。しかし仁王立ちとはいっても軽く膝を曲げており、踵は少し浮いており、背は辛うじてわかるほどに微妙に弯曲している。


 どこからの攻撃にも対応できるよう、適度に脱力したように立っているその姿は美しささえ感じられるほど、威風堂々としていた。一人は刃の厚いオリハルコンを備えた両手剣を持っているアカネであり、もう一人は矢を軽く弓の弦に当てて警戒しているビシドである。


 次の刹那、二人に数本の矢が撃ち放たれた。アカネはそのうちの一本を剣で薙ぎ払うと、触れてもいない他の矢も明後日の方向に弾かれた。アカネが剣に込めた風魔法が発動したのだ。

 矢が払われると、アカネはその矢を撃ち込んだ者の方向に跳躍する。それを追うようにビシドも即座にその後に続く。


 矢を撃ちこんだ弓兵は次の矢をつがえる間もなくアカネに切り伏せられる。その直後彼女が急に地面に伏せたかと思うと今度はその後ろからビシドの矢が別の弓兵に矢を撃ちこむ。一度に二発の矢を撃ち放つと、その一発一発がそれぞれ弓兵を肉片に変える。ビシドの使う矢はオリハルコンの矢尻を備えており、突き刺さったのちに魔力を爆発させる爆矢である。


 着地したアカネに大ぶりの両手剣を持った兵士が上段から斬り下ろすが、アカネはそれを左手で逸らしながら横方向に回り込み、肘関節を極めながら相手の重心を一瞬下に移動させる。そののち、右手に持った剣で相手の股間を下から上に全力で跳ね上げる。

 八極拳の極意、六大開拳の一つ、大纏崩捶である。


 技を食らった兵士は会陰への衝撃で脊椎と脳幹を破壊されて宙に舞い、落下を待たずして絶命した。

 即座に二人の盾を持った兵が押しつぶそうと間合いを詰めてくるが、アカネはこれに腰を低くして相手に背中を見せて体当たりで吹き飛ばす。これも八極拳の技、貼山靠である。吹き飛ばされた兵士は起き上がる間もなくビシドの矢を受けて二人とも絶命した。


 さらにビシドの後ろから二人の兵士が切りかかったが、ビシドは即座に跳躍してアカネを飛び越えて距離を取ると、今度はそのうちの一人にアカネが剣を突き刺す。

 剣がふさがれたアカネに好機とばかりにもう一人が切りかかるが、剣が振り下ろされるより早く、アカネは左足を前に出してスイッチングしつつ腰を深く落として一直線に掌底を相手の丹田に打込むと、兵士は木の葉の如く吹き飛んで絶命した。


 鎧の上からであろうと関係ない。メイヤの遺跡でオークを一撃で倒した技、猛虎硬爬山である。


「化け物め…!!」

 多勢に無勢であろうと余裕を見せていた兵士たちの表情が一気に緊張感を帯びる。ようやく『闇の勇者』を相手に戦うことの危険性を認識したようである。


 体勢と息を整えながらアカネが呟く。

「一気にギアを上げていくわよ、ビシド。ちゃんとついてこれるわよね…?」

「愚問でしょ…私に気づかいなんていらないよ!」

 即座にビシドもこれに応える。


 アカネは一瞬身を低くして反動をつけると、先ほどの腰を落とした落ち着いた戦い方から一転、一気に回転しながら跳躍して近くにいる兵士に斬り付ける。兵士はそれを何とか剣で受け止めたが、今度はアカネはしゃがむより低く腰を落とし、相手のすねに肩をぶつける。太極拳の技、七寸靠である。

 さらに七寸靠を受けて体が宙に浮いた兵士にビシドが矢を射る。そのままビシドは間合いを詰めてアカネの背中を踏み台に軽く跳躍すると、別の兵士に跳び蹴りをくらわす。鎧の上からであったが、山羊の足による強力な蹴りを受けて鎧は変形し、もんどりうって兵士は吹っ飛ぶ。


 さらに着地したビシドを飛び越えてアカネの跳び後ろ回し蹴りが炸裂する。意識を失った兵士にアカネはそのまま回転を利用して斬り付ける。

 その間にも別の兵士が切りかかってくるがアカネはこれを両足での低空ドロップキックで距離を取る、そのまま背中で着地し、体勢を整えることなくネックスプリングで起き上がって次の攻撃につなげる。


 その合間にビシドはアカネが跳べば身を低くし、アカネがしゃがめば跳躍しながら無数の矢を周りに放ってゆく。敵が多勢であるため細かい狙いを定めなくても面白いように矢が敵にヒットしていく。

 敵は当然矢をつがえる隙を狙ってビシドを狙っては来るが、ビシドは接近戦でも強い。アカネに触発されてか、敵の剣を腰に差したナイフで受けると、即座に強力な蹴りを放ち、跳躍し、肘打ちを真上から降ろし、敵を打ち据える。そのまま相手の背中に転がり込んでネックスプリングで跳躍して空中で矢をつがえながら着地する前に矢を放つ。


 矢を放った後の隙もアカネが即座に間合いを詰めて旋風の如く切りかかり、つけ入る隙が無い。二人の跳んだり跳ねたりの動きをして、蹴りを中心に技を組み立て、合間合間に武器を使っていく戦い方は中国北派拳法の地功拳の動きに近い。

 その動きに幻惑され、兵士たちは狙いを定めることが難しく、予想外の場所から飛んでくる攻撃に翻弄され続け、強力な一撃に一人、また一人と倒れていく。


 もはや数の多寡など問題にもならない。旋風の如く動き回る二人の前に対峙できる者など居なかった。さらに加えて言うなら二人のスタミナはタバタプロトコルによる鍛錬で無尽蔵にも思えるほどである。


「アタシらを罠にはめるんなら100人如きじゃ甘く見すぎだったわね!このまま敵を倒しながらギアンテを探すわよ、ビシド!」

 言い終わるや否やアカネは即座に兵士に切りかかる。それを受けて兵士はアカネに横薙ぎの剣で反撃するがアカネはすぐさまその場に寝転びながら相手の脛に蹴りをくらわす。アリキックである。宙に浮いた兵士の体にビシドの矢が命中する。


 さらにアカネは寝ころんだ姿勢のまま周囲の兵士に回転蹴りと切りかかりの攻撃を同時に仕掛け、その攻撃を補完するようにビシドの矢が飛び交う。

 兵士達は剣でアカネに切りかかるが立った姿勢で寝た状態のアカネには上段からの斬り下ろししかできず、攻撃のパターンは単調な上に地面の高さでは十分な攻撃力と速度を確保できない。刃が地面に当たればそこで攻撃が止まってしまい、即座にアカネの反撃を受けるからである。

 通常の白兵戦は立った相手を想定しており、寝た状態の相手に攻撃するすべを持たないからだ。


 アカネは寝た体勢からしゃがんだまま後ろ回し蹴り、後掃腿を放ち、今度は軸足ですぐさま飛び上がって剣での攻撃に切り替える。兵士たちはアカネとビシドの攻撃の回転の速さに全く対応できず、なすすべもなく倒されていく。


「やれやれ、所詮数合わせの雑兵では歯が立たんか…これほどまでに強いとはのう…」

 数を大きく減らし、逃げ惑うように距離を取る兵士達の間から老人が落ち着いた語り口調で前に進み出てくる。大賢者ヤーッコである。


「出たな、諸悪の根源め!」

 アカネがニヤリと笑ってヤーッコを見据えるが、その後ろに控えていた大男の影に顔が青ざめた。


「ルウル・バラ…!!

 お前もここにいたのか…」

 考えてみればギアンテがいるのだからこの男がいても不思議はないのだが、予想外のタイミングでの出現にアカネは大いにうろたえたようで、ビシドに小声で語り掛ける。


「ビシド、予定変更よ、逃げる準備をして…」


 これにビシドは少し戸惑いながら答える。

「アカネちゃん、今の私たちは『ノリに乗ってる』って奴よ!この勢いでもやっぱりルウル・バラには勝てない…?」


「アタシらの見せてる戦い方、地功拳は所詮はダンス拳法よ。雑兵相手に無双できてもルウル・バラや四天王、それにエルヴェイティみたいな『本当の強さ』を持った相手には通用しないわ…跳躍したところを一撃で叩き落されるのがオチよ!」

「エルヴェイティにも勝てないっての?随分昔に倒した敵じゃん。」


 ビシドの言葉にアカネは額に汗をにじませながら答える。


「あの時は一発勝負の飛び道具でたまたま勝ちを拾ったようなもんよ。今のアタシとエルヴェイティで、いいとこ互角ってとこね…

 とにかくビシドはルウル・バラが動きを見せたらすぐに距離を取って。また言霊で動きを止められるわよ!」

 じりじりと距離を取りながら二人は緊張した空気に包まれた。




 一方その頃、アマランテは、イルセルセの兵士達を、その類稀なる魔力で危なげなく退けていたが、一人の男を前にして緊張の面持ちであった。


 『剣聖』エルヴェイティである。

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