第143話 決闘裁判
一行はいよいよ現在魔王が本拠地にしている、花咲くパレンバンの都まで来ていた。来る途中、小さい村でヴァンフルフ戦での疲労を癒し、その後は一気に進んで目的地に着くときは夕刻となっていた。
パレンバンはイルセルセの王都ニーベルフのような見事な城壁に町ごと包まれた形にはなっておらず、道も街並みも雑然と広がっており、開放的である。そして大きな道には必ず花壇が設けられており、アカネ達は初めてこの町に来た時、その美しさに圧倒されていた。
革命の余波により町はもう随分荒れてしまっているが、少しずつ落ち着きを取り戻し始めているように感じられる。町の中央に掲げられていた王族の首は、当然既に撤去されている。
(とうとうここに帰って来たぞ…)
アカネが遠巻きに旧王城を睨みながら思いを巡らす。城壁は石造りであるが中の建物は木造である。堀もあって一応は防衛の体制を取ってはいるが、あまり戦争を前提に作られた城ではない。この中に魔王クルーグヘイレンがいるはずなのだ。
ナクカジャ王の仇を取ってやる、と言いたいところなのだが、魔王自身は王の仇ではない。ノルア王国の民主化勢力を煽って要所要所でエッレクを使ってそれを自分たちに都合のいいように操作してはいたはずなのであるが、王の処刑を決めたのは議会なのだ。
『王の仇』とは誰なのか?それが今になってもなお判然としない。自分たちは何と戦っているのか、なんのために戦っているのか。
この世に『悪の大魔王』みたいなものが存在して、それをぶっ飛ばせばすべて解決するのなら、できるかどうかはともかくとして話は単純だ。しかしそんな都合の良い話はおとぎ話の中にしかありはしない。何が悪くて、何が善くて、敵がだれなのか。案外戦争というものはそんな構図の見えないことがほとんどなのである。
「どうやって侵入するんですか?勇者様。まさか正面から堂々と訪ねていくわけじゃないですよね?」
チクニーがアカネに尋ねる。先の森の戦いで二人の間には巨大なわだかまりができるとともにすぐに解決した。『どうでもいい話』として。
ここでのチクニーの疑問はヘイレンダールの兵士が多く駐留するこの城にどうやって侵入して魔王と戦うのか、という話である。まさか正面から堂々と訪ねていくことはないだろう、とは思うのだが、この勇者ならやりそうなことでもある。
「人の少ない門から入っていこうと思うけど、いくら堅牢な城じゃないといってもちょっと無理があるね。そこでアマランテに相談なんだけど…」
アカネがこれに答えてアマランテの方に話を振る。
「ルウル・バラの使ってた、『九字の呪法』、あれ使える?」
「実を言うと、彼の呪法については論理としては理解できたけど、実際に使えるのはその『九字の呪法』だけ。問題なく使える。」
アマランテの答えを受け取るとアカネ達は通用口の人の少ない門を選び準備を始める。
「いいか、音を立てるなよ…?」
アカネが注意点を伝えるとアマランテが早速印を結び始める。
「臨・兵・闘・者・…」
術が成功したのかどうか、それは外見からは分からなかったが、アカネがズンズンと門に近づいてゆくので一行もそれについてゆく。門番はアカネ達に気付くこともなく一行をスルーしたため、そのまま城内に進入していった。
一行は慎重に床板をあまりきしませないように進んでいく。城内には一度ナクカジャに招かれて入っているので、魔王のいそうな場所についてもおおよその見当はつく。
(妙だな…兵が少なすぎる気がする…)
アカネは少し気になったが、今更後戻りはできない。このまま進むしかないのだ。
行く途中廊下の真ん中に一人兵士が立っていた。
「ヤるしかないか…」
通路の影からアカネがそう呟くと、一行に小さい、しかし通る声が聞こえた。
(無益な殺生はよせ…お前の用のあるのは私だけだろう…)
「この声は…魔王だ…」
脳の中に直接話しかけてくるような声にビシドが反応する。実はこのパーティーで一番魔王と接触しているのが彼女である。
その声が聞こえてしばらくすると、兵士は別の場所に歩いて行った。
(そのまま通路をまっすぐ進んで謁見の間まで来い…相手をしてやる。)
再度声が聞こえる。一瞬罠かもしれないとの考えもよぎったが、魔王にここまで把握されていては今更ごまかしようもない。アカネ達は指示のとおり謁見の間の前まで来た。以前来たときは昼食会の形を取っていたのでこの部屋には入っていない。
意を決してアカネが扉を開き、それに続いて一行が中に入っていく。
謁見の間には魔王一人だけが玉座に座していた。
「よく来たな」
「余裕の態度ね。アタシ達が来ることが分かっていたの?」
魔王の出迎えに若干アカネが緊張しながらも答える。どうやら少なくとも多勢で待ち構えて叩きのめす、というつもりはないようだ。
「ヴァンフルフ隊の者から報告を受けていたからな。おそらく目当てはここだろうと、思っていたのだ…」
そう言いながら魔王はゆっくりと立ち上がった。
「ヴァンフルフは捕虜として新生ノルア王国の本拠地に移送したわ…」
アカネのこの言葉に魔王は少し考えこむようなそぶりを見せて、その場で言葉を発した。
「ベンヌ、キラーラに続いてヴァンフルフも討ち果たすとはな…貴公には毎度驚かされる。お前のせいでヘイレンダールの指揮系統はガタガタだ。
今日はなんの用向きで来たのだ?茶でも飲みに来たのでもあるまい…まさか…」
「そのまさかよ」
アカネの言葉に魔王の表情が明るくなってそわそわしだす。
「そ、そうか!で、では早速宴の準備を!こっ、この日の為に実は準備している物が…」
「そのまさかじゃない!!」
少し顔を紅潮させながらアカネが慌てて魔王の考えを否定する。魔王のまさかとはなんだったのであろうか。コミュニケーションとは存外難しい。
魔王は残念そうな、少し恨めしそうな表情でジトッとビシドの方を睨む。
「べっ、別に私は魔王とアカネちゃんの仲を取り持つなんて一言も言ってないし…」
ビシドが目を逸らしながらバツが悪そうに小さい声で言い訳をする。
アカネが魔王の方を指さしながら大声で叫ぶ。
「アンタを倒しに来たに決まってるでしょうが!てめぇの頭はハッピーセットかよ!」
「いいだろう…」
サングラスをくいっと上げて、気を取り直して魔王が話し始める。
「どうやら我が軍門に下る気はあくまでないようだな。私の『挑戦状』の意味にも気づいて、ここまで彼を連れてきたか。」
魔王はちらり、とチクニーの方を見る。チクニーは捕虜交換をしたときは(ある意味)見る影もない無残な姿であったが、この数か月のアカネとの行動で大分元の体形を取り戻しているように見える。
「もはや言葉は意味を為さぬか。これは私と貴公の『意思』と『意思』のぶつかり合いだ。」
魔王はさらにアカネの方に視線を戻して話し続ける。
「この世界に、神は存在せず、人は偶然の産物であり、魂など存在しない。
故に善も悪も存在せず、つまりはたった一つの『真実』などありはしない。」
(お、なんかラスボスっぽい事話し出したぞ…今度はちゃんと聞いとかなきゃ…)
アカネが気を引き締める。
「私とアカネ殿のどちらが正しいのかを決められる法などこの世に存在しないのだ。これは『決闘裁判』だ。
来い…決着をつけてやる!」
(良かった…今回は話が短い)
正直言ってあまり長く集中力の続かないアカネは安心して魔王の元へと歩み寄っていく。しかし、数メートル近寄った時であった。
「あいだぁ!!」
自分の左足の足首に右足の功をひっかけて思いっきりスッ転んでしまった。
「何やってんのよ、アカネちゃん…緊張感のない…」
ビシドがあきれ顔でそう呟く。
「い、いや、今なんか…体の感覚が…」
言い訳をしながら膝に掌を押し当てて立ち上がろうとするが、その手が滑って、ガクンと再び膝をついてしまう。
「あれ?なんか、おかしいぞ…」
「ふふふ、気づいたか…」
魔王が不敵な笑みを浮かべていた。