第123話 人質交換…誰だお前
さらに数週間が過ぎたのち、ビシド達と合流したアカネとアマランテはヘイレンダールの指定した日時と場所、捕虜の返還を受けるべく花咲くパレンバンの都に赴いていた。敵地のど真ん中であるがアカネは堂々としていた。もともとの空気を読まない性分のせいもあるが、魔王軍は決してだまし討ちなどしない、という確信もあったのである。
「パレンバンの都、以前よりは少し回復しているようですね。」
街並みを見ながらエピカがそう呟く。以前の彼女が訪れた時は革命の嵐吹きすさぶ、すさまじい状況であった。広場の中央には王族の首が並べられ、町を歩く者などなく、町全体が暗黒に包まれたような雰囲気であった。
現在はヘイレンダール支配下の戦争中ということもあり、集会の禁止、不要不急の外出の禁止、自粛警察の闊歩など物々しい雰囲気ではあったが、少なくとも以前のような血なまぐさい風の吹く地獄のような状況よりはマシである。それほどまでにデディ・マヌンガルとミコール・ミカイの敷いた恐怖政治は凄まじい状況であったのだ。
アカネ達は馬車を下りた。アカネの後に続くのは、獣人のビシド、回復術士のエピカ、魔導士のアマランテ、それに…
松葉杖をついた生気のない表情の赤毛の若い男、炎のキラーラである。
そう、キラーラは生きていたのだ。アカネが最後に脈を測っていたのは死亡を確認していたのではなく、生きていることを確認していたのである。
新生ノルア王国の捕虜として捕らえられている間、何度も『くっ殺』発言を繰り返していた彼であったが、アカネが彼を殺さなかったのはチクニーとの人質交換に使えると踏んでいたからである。チクニー奪還のアカネの『秘策』とは彼の存在であったのだ。
指定された場所、少し広めの空き地に着くと、30歳くらいの特徴のない顔の男、それにエイヤレーレの副官、バスカマリア、それとやけに恰幅のいい、言い方を変えると太った大男が待っていた。周囲に少数の町人も遠巻きに見ていたが、彼らがヘイレンダールの重鎮であることに気づいて近づいては来ない。
「エッレクか…素顔で会うのは魔王城で会った一回きりだね。」
アカネが余裕そうな表情で話す。中央にいる30歳くらいの男はヘイレンダール四天王の一人『大地のエッレク』であった。変装していない彼と会うのは、アカネの言う通り魔王城以来である。『ストリスノ』に変装している時にはそれ以外にも数回会っている。
「てっきり接点の多いエイヤレーレがくると思ってたから少し意外かな。」
「隣にいるのはバスカマリアか…エイヤレーレの副官だよ、アカネちゃん。」
アカネとビシドの言葉が終わると、このノルアの動乱の最大功労者、数年に渡ってノルア国内でスパイ活動を行っていたエッレクが話し始める。
「エイヤレーレは今帝都を離れられないわけがあるからな。
さて、さっさと要件を終わらせるとするか…キラーラ、歩けるか?」
この言葉を聞いたアカネが少し怪訝そうな顔をする。チクニーの姿が見えないのだ。さらに言うならエッレクはともかくとして、なぜ全く関係のないエイヤレーレの副官、バスカマリアがいるのか、それも疑問である。
もう一つ付け加えるなら、奥にいる太った男は何者なのか…?
アカネが首をかしげていると太った男が少し前に出てバスカマリアの方に向き直って名残惜しそうに両手を握った。
「いや~、残念だな。共に肩を並べて戦える日が来ると思ったのに…戦争が終わったら必ず会いに来るから、絶対に待っててね、バスカマリアちゃん!」
ふぅふぅと汗をかきながら長い挨拶をする太った男にバスカマリアが困ったような表情で答える。
「ええ、まあ…私もその日を楽しみに待って…」
しかし、少し話してから、バスカマリアは『もうこの男に媚を売る必要もないのか』と考えて言い直す。
「湿った手で触んな。お前洗ってない大型犬の匂いがすんだよ…さっさとあっち行け。」
汚物を見るような冷たい目で見据えながら突き放す。
「ええ!?ひ、酷いなあ…まあ、結局は収まるところに収まることになるのかな…」
そう言って太った男はアカネの方に大きな腹を揺らしながら歩み寄ってきた。
挨拶もなしに歩き始めたキラーラはもうエッレクの近くにまで来ていた。
「すまない…エッレク…迷惑をかける…」
そう憔悴しきった表情で話しかける。
エッレクはキラーラの全身をくまなく観察する。
「新しい傷はなさそうだな…一応国際法にのっとった捕虜の最低限の扱いはしていたようだな…
しかし、右足の腱が切れたまま癒着しているな…これは回復に時間がかかりそうだ…」
エッレクは『この戦争中の復帰は無理そうだな』ということを言外に言っているのである。
「すまない…本当に…ッ!!」
キラーラは申し訳なさそうに表情をゆがめて、涙を目に浮かべていた。ベンヌに続いてキラーラまでが敗北するなど、彼らにとってはこの戦争での最大の誤算であった。しかし、マンダラ山中で出合った時エッレクに矢を即座に打ち込んだビシドの判断の速さには彼も驚かされた。
その『強さ』の片鱗を感じさせるものは十分にあったのだ。
アカネの育てた、悪魔のような強さを誇るタバタ騎士団の戦闘力は今現在もヘイレンダール軍の最大の障害となっている。戦況は徐々に悪くなりつつあった。
「これで用件は終わりだな。バスカマリア、行くとするか。」
そのエッレクの言葉にバスカマリアがキラーラに肩を貸して去っていこうとするところにアカネが声をかける。
「い、いや、ちょっと待てよ!チクニーはどうしたんだよ!それが一番重要だろうが!!」
このアカネの言葉ににやり、と笑みを見せてエッレクが答える。
「フッ、仲間の顔を忘れたのか?お前の目の前にいるだろうが…」
そう言って彼らは去っていった。後にはアカネたち一行と、謎の太った男が残された。
「いやだなぁ、勇者様!俺の顔忘れちゃったんですか?」
そう言いながら満面の笑みを浮かべ、ついでに額に汗を浮かべて太った男が話しかけてくる。
「え…いや、ええ?…まさか、お前…お前が…?」
アカネだけではない、全員に戦慄が走った。
「相変わらず冗談キツイなあもう~、俺がチクニーですよ!王都からずっと一緒に旅してる仲間じゃないですかぁ!」
目の前にいる太った大柄な男、その肉塊こそが、ビシドとともにずっと冒険を続けてきたアカネの最も古い仲間、チクニーであったのだ。
全員の表情が恐怖と困惑に歪む。特にエピカはこの世の終わりのような顔をしていたのであった。