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第11話 炎の神々

 ベイヤットの山中に3人の人間がうずくまっている。激しく息を切らしており、なにごとかひと悶着あったのだろうと想像させる。


 勇者アカネ一行である。


 全力の鬼ごっこの末ようやくアカネを落ち着かせたコンコスールたちはなんとか建設的な話をするようアカネに懇願していた。


「勇者様、とにかく修行です。剣の鍛錬でも筋トレでも、1か月しかないんですから、時間は有効に使いましょう」

 普段主体性のないコンコスールが道を指し示す。


「そうだよアカネちゃん、せっかく交渉の末に31日の期限を勝ち取ったんだから、1日だって無駄にできないよ。これはこれで鍛錬になった気もするけど……」

 めずらしく息を切らしているビシドである。


「……わかった、ごめん。ちょっと……いや、だいぶ取り乱してたわ」


 アカネが態勢を整えて胡坐をかいて座る。今度はしっかり目の焦点があっている。しばらく考えた後、指示を出し始めた。


「よし、まずビシド! 見つからないように気を付けてエルヴェイティ陣営を偵察してきて。普段どんな鍛錬をしているのか、本当に2時間しか鍛錬してないのか。あとは食料の確保! 肉、豆、芋を中心になるべく高カロリー高たんぱくの物をそろえて!」


「次にコンコスール、あんたの戦闘法を全て私に教えて!盗賊と戦った時の足運び、剣の振り方、いなし方、全部よ!! あとはひたすら高負荷で筋トレをして地力を上げるわ!」

 矢継早に指示を出すアカネ。やっと勇者らしくなってきたと言えよう。


 その日は遅かったのでとりあえず筋トレと食事だけをして眠りについた。次の日からいよいよ本格な鍛錬が始まる。


 次の日、アカネはまず木を削って3本の木刀を制作した、二つは通常の木刀でコンコスールとの乱取り用である。現在アカネのパーティーには刃物が3つしかない。

 王都で手に入れたナイフとマチェーテ、それに野盗から奪ったククリナイフである。

 乱取りでこれらの刃物を使うのは危険だし、なにより刃が消耗してしまうのは良くない。


 もう一本は柄の部分より先が何倍も太くなっている、古武道の鍛錬などでよく使われる筋トレ用の大柄な木刀である。よく見ると柄の部分もマチェーテの倍ほどの太さがあり非常に握りづらい。

 ウェイトトレーニングでファットグリップという補助具があるが、それと同じで、あえて握りの部分を太くすることで握力を鍛えるのである。


 最初のうちは1分ほども振っていれば木刀を把持できないほど前腕が疲労して落としてしまっていた。


 前腕が疲労すると今度はコンコスールを肩に担いでスクワットに切り替える。それもできなくなって潰れてしまうと、今度はロープで手を木の枝に括り付けて懸垂である。

 このトレーニングも長くは続かず、体を上げられなくなる。すると今度は最初の木刀のトレーニングに戻る。

 これを動けなくなるまで続けるのである。


 疲労がたまってどのトレーニングもできない状態になると、今度はコンコスールに足運び、身体操作の授業を体を動かしながら受ける。疲労がたまった状態で行うことで無駄な力を入れられないことも視野に入れている。その間に日に4回~5回の食事をとる。


 正直吐きそうになって食事がトレーニングよりもきつい、とさえ感じることもあったがそれでも無理やり胃に流し込んだ。


 一週間を過ぎたころ、ビシドからエルヴェイティ達について報告があった。

 どうやら日に2時間の鍛錬、というのは本当のようで、それ以外の時間は瞑想をしたり畑の世話をしているそうだ。


 鍛錬の内容はそれほど特筆すべきこともない、アカネのトレーニングの方がはるかにハードだ、とのことである。


 ちなみに姪と父親は2日目には帰ったらしく、もういないそうだ。なんだったんだあいつら。


 アカネは休み時間には魔力の鍛錬と語学も欠かしていない。


 ある日の夜、焚火を囲んで食事をしていると不意にビシドが魔法のことについて聞いてきた。


「ところでアカネちゃん、魔法の方は使えるようになってきたの? エルヴェイティになくて、アカネちゃんにあるもの、ってなると、むしろそっちの方が正解に近いんじゃないの?」

 『そっちの方』とはもちろん魔法による戦闘、のことである。


 アカネは難しい顔をしながらビシドの問いに答える。

「う~ん、使える、っちゃあ使えるけど炎とか風とか形にすることはまだできないんだよね。魔力を蓄えるだけなら、ホラ」


 そういうとアカネは胸の前で手を組み、半眼開きになって呼吸を整え始めた。

 すると手の中に魔力が高まり、集まってくるのが感じられた。「感じられた」といってもビシドだけがそれが分かったのであり、コンコスールには見えないようであったが。


「それだけ魔力があれば後は形にするだけだよ? 戦闘に役立ちそうな、炎をイメージしてみてよ!」

 若干興奮気味にビシドが話すが、アカネは冷めた風だ。

「それが上手くいかないんだって。イメージが上手くまとまらないのか、先入観のせいなのかな?」


「詠唱をしてみる、ってのはどうですか?」

 コンコスールに魔法の素養はないが、知識だけはあるようで、提案をしてきた。


「詠唱の内容は何でもいいんです。術者の気分を高めてくれて、イメージの補助になるようなものなら言葉は自由だそうです」


 アカネは渋々ながら両手を胸の前で水をすくうような形で構え、詠唱を始めた。


「ほ……ほも」

「ホモ……?」


 今のなし! とアカネが逆切れする。どうやら緊張しすぎて噛んだようだ。今度は落ち着いた表情で、呼吸を整えてからもう一度詠唱を始める。


「猛き炎の神々よ……」


 語り掛ける相手が一々壮大である。最初なのになぜ「火の精霊」とか「サラマンダー」とか手頃なところにしておかないのか。


「星の命を生み出しし、その……炎……偉大なる炎を……」


 まだ壮大である。一体どれだけの威力の魔法を想定しているのか。


「炎の神々の命により……!」


「アカネちゃん『炎の神々』2回目」

「『炎』は4回目です」

 とうとう耐え切れずにビシドとコンコスールがつっこむ。


「ああもう!! 仕方ないだろ! こういうの苦手なんだよ!!」

 耳まで真っ赤に紅潮した顔面のアカネも、耐え切れずに逆切れをかました。


「ふぅ……」

 ビシドが立ち上がりながら話し始める。


「分かったよ、アカネちゃん詠唱のセンスないわ」

 詠唱ってセンスがいるものなのか、とアカネは目から鱗が落ちる思いであった。


 立ち上がったビシドが首からさげている笛を吹き始めると、囲んでいた焚火の火が一気に倍ほどの大きさに膨れ上がった。ビシドの炎魔法である。


「魔法のイメージ化は何も詠唱である必要はないんだよ? 自分の得意なことでいいんだから」

 ビシドがにっこりと微笑みながら言った。ビシドの笑顔を見ていると不思議とアカネの心も落ち着いてきた。


 改めてアカネは思ったが、黙っていればビシドは本当に美しい。整った顔立ちに降りしきる雪のような真っ白の髪。まつ毛まで一様に白く、獣人どころか妖精のような印象すら抱かせる。

 たとえ種族が違っていてもこの少女の美しさに心を奪われない男はいないだろうと思った。


「私の……得意なこと……」

 空気にのまれて自然にのどから言葉があふれ出た。


 まるでその場に存在するすべてが神から与えられた舞台のような、自然物にしては作為的すぎ、人造物にしては美しすぎる光景だった。


 明らかに何者かが美しいものを作ろうとしてそこにあるような、しかし人の手には余るほど美しすぎる。そんな世界が広がっているように感じられた。


 そしてその世界の中に、自分の存在を確かに感じていた。心の底から、胸の奥から美と力があふれ出てくるような感覚であった。


「筋トレかな!」

「筋トレですね」

 なんとなくいい雰囲気だったのにビシドとコンコスールがぶち壊した。

「今なんか掴めそうだったのにぃーーーッッ!!」


「ホラ、こういうのはどう? スクワットをすると炎が出る、腕立てだと風が起こる、とか! こういうのを魔法のイメージと結び付けたらアカネちゃんでもできるんじゃない!?」

 リングフィットアドベンチャーの世界である。


「お前は私をどういうキャラにしようとしてるんだ……? というかそんなの戦闘中に、ましてや剣聖との戦いで使えるわけないだろ!!」


「あ、じゃあこういうのはどうです? サイドチェストだと炎、ダブルバイセップスで風が!!」

 コンコスールが悪乗りする。いずれもボディビルダーがとるポージングの名前である。


「お前ら! 私を脳筋キャラにしようとすんなーッ!」


 すっかりいつものパーティーの空気に戻った頃、おもむろにコンコスールが話し始めた。


「あ、でも、それだけ魔力があるなら『アレ』ができるかも」


 『アレ』とは何か、アカネが問い詰めるとコンコスールは炎や風を操るよりもはるかにイメージのしやすい魔法があると言い、自分自身は使えないが、使えるようになる方法は知っている、という。


「『集気法』と『発気法』といいます。イメージ的には自分の体の中を流れる血流と同じで、体の中を魔力が流れるイメージを持つんです」


「『集気法』と『発気法』……」

 つぶやきながらもアカネは早速体の中で魔力を高め始める。するとコンコスールが詳しい説明を始めた。


「さっき言ったように体の中を魔力が巡るようなイメージを持ちます。最初は実際に両手で円を作ってぐるぐる回るのをイメージするとやりやすいそうです。」


 アカネは両手で胸の前に大きな円を作って早速イメージしてみた。


「この魔力の循環で体を回復するのが『集気法』です。ケガや疲労の回復が1.5~2倍ほどになると言われています」


「2倍に……キズパワーパッドの様な回復力……!!」

 なぜそれと比較する。


 しかし、アカネが集気法をためしていると、あることに気づいた。


「ん……これ……、筋肉痛の痛みが引いていく! もしかして、これで早く筋疲労を癒せば、さらに効率よくトレーニングができるんじゃ……!?」


 なんとなく考え方が脳筋よりになっている気がするが、アカネの方を見ながらさらにコンコスールが話を続ける。


「逆に『発気法』は魔力を一か所に流し込んで貯めて、爆発させるように力を出す方法です」


「なるほど……コンコスール、これはいいこと教えてくれたわ……とりあえず今日は疲労の回復に専念して『発気法』については明日の朝試してみるよ」


 アカネにはおぼろげながら剣聖攻略の道筋が見え始めていた。

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