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第113話 敗北を知りたい

「ぼんじゅ~る…」

 アカネが半笑いでステファンに語り掛けると、それまで部屋の隅で小さくなっていたステファンの表情がぱあっと明るくなってアカネのもとに走り寄って話しかけてきた。


「クンプニュヴル フォッセ?

 ジュヴル メゥシ!

 ペルソヌ コンフォルラング!!」

 あまりに前のめりになって話しかけてくるのでアカネは大いに狼狽してこれを落ち着けようとした。


「落ち着け!落ち着けって!!悪かった!!フランス語分かるような事言って悪かったから!!

 勢いであんなこと言ったけどアタシフランス語分からないから!

 アイキャントスピークフレンチ!!」


 これにステファンは動きを止めてアカネに問いかけてきた。

「ケスキュヴゼジディ?」


「ア、アイキャントスピークフレンチ!

 分かる?フランス語分からないんだって!」


「フレンチ?オングレ?」

 このステファンの言葉に一瞬アカネの脳裏に嫌な予感が横切った。

(あれ?通じてない?発音悪かったか?)


「キャニュースピーキングリッシュ?」

(あ…あれ?…まさか…)


「イングリッシュ?エスロングレ?」

 首をかしげてステファンがアカネに問いかけてくる。しかし、何かを問いかけている、ということ以外何も分からない。


(こ…コイツ、こんな簡単な英語も分からないのか!?

 嘘だろ?そりゃ確かにメイヤの遺跡で『ろくに学校行ってなかった』とは言ってたけど、ヨーロッパの人間ってそんなことしなくても英語くらい簡単に話せるもんなんじゃないの!?)


 アカネのアテは完全に外れてしまった。以前の会話からステファンがフランス人であることは分かっていたが、アカネも英語が得意なわけではないがカタコトの英語で簡単な意思疎通くらいはできると踏んでいたのだが、単語すら全く通じなかったのだ。


「ソ、ソード!ギミヨアソード!」

 だめもとで言ってみたが、やはりステファンは首をかしげるばかりである。八方塞がりだ。

 日本でももちろんそうだが、海外を仕事などで回っていると、時々信じられないくらい学のない人間、常識のない人間というのに遭遇することが稀にある。稀によくある。よりにもよってステファンが『それ』だったのだ。


「ベルコ…」

「な、何?アカネさん!何かわかったの!?」

「…ごめん」

 この三文字が全てを物語っていた。アカネの敗北であった。ベルコの瞳から輝きが消えた。


(コイツの事バカだバカだとは思ってはいたけど…まさかここまでとは…

 こんなことなら前に会った時にライリア語の勉強するように助言しとくんだった…筋トレすらしようとしないコイツに言っても無駄だったかもしれないけど。)


 うつむいていた顔を上に向け、ベルコの光彩の消えた瞳を覗き込みながらアカネが話しかける。

「ベルコ…ステファンと会話ができなくなってから1,2週間くらい?今どのくらい言葉分かるようになったの?」


 この問いかけにベルコは少し考えてから答えた。

「『あれ』と『これ』…それに『お腹が空いた』…それくらいは話せるようになった…」


 その言葉を聞いてアカネは天を仰いで顔を両手でふさいだ。


「ベルコ…言っとくけど、ステファンは絶対に『勇者の剣』は離さないよ。この剣はコイツがこの世界で生きていく唯一の存在価値そのものなんだから。

 それと、あんまりこいつを追い詰めるような事もしない方がいい。あんまり追い詰めるとこいつは一人で城を抜け出して魔王を倒しに行くかもしれないから。そんなことになれば今度こそ確実にステファンは殺されて勇者の剣は魔王の手に落ちる…」


 絶望した表情のままベルコはアカネの言葉にゆっくりと返答した。

「分かったわ。ステファンは私が守る。『光の勇者一行』も今は解散してしまって彼の味方は今は私だけ。私が少しずつ彼に言葉を教えて、身の回りの世話をしている。彼が頼れるのは私しかいないの…」

 ベルコは冒険の中で婚活としてステファンと結ばれることを望んでいたようだが、それは最悪の形で叶ってしまったのだ。


 アカネはさらに一歩ベルコの方に歩み寄って顔を覗き込みながら話す。

「ベルコ…あんたが守りたいのはステファンとイルセルセ、どっち?」


 この問いかけにベルコは瞳に確かな決意の意思をともらせながら答える。

「私はステファンを守る。イルセルセも大事だけど、それだけは揺るがないわ。」


「そう…なら毒にだけは気を付けて。勇者の剣を持ってるステファンから力づくで剣を取り上げることはできない…と、なると、イルセルセが次にやりそうなのは暗殺よ。ステファンが頼れるのはあんただけなんだからね。」

 このアカネの言葉にベルコは一瞬驚いたようだが、しっかりとアカネの瞳を見つめて了承した。


「それから、言葉が通じるようになったらできるだけ早く勇者の剣は捨てさせて。幸せに生きたいならそれが一番よ。」

 アカネはさらに、ベルコの目を真っ直ぐ見て強い意志を持って語り掛けた。


「でないと…イルセルセかアタシのどちらかがあんた達を殺すことになる…」


 アカネは最後に紙を一枚貰って『attention poison』とだけ書いてステファンに渡し、部屋を後にした。部屋の外ではスルヴ王とヤーッコが期待に瞳を輝かせて待っていたが、アカネは低いトーンで一言だけ語った。


「ヤーッコ、あんた召喚する相手を間違えたわ…0勝2敗よ…」

 その言葉を理解し、それぞれが自分の道へ戻っていった。



「アカネでも無理であったか…勇者の剣は保留にするとして、ひとまずは魔王軍との戦争に勝たねば話にならぬな…」

 スルヴ王は独り言を言いながら一旦私室に戻っていった。


 彼がドアを開けると、部屋の中には二人の人物がいた。


 アカネとビシドである。


 スルヴ王はガクッと膝をついて右手で顔を覆った。

「またこのパターンかよぉ…」


「ああ~お腹空いたなあ、お腹空いたよね?ビシド?」

「モチロンソウヨ!」

「なんでこんなにお腹空いてるんだろう?あっ、そういえばアタシ達…」

「モチロンソウヨ!」

「お賃金もらってない!」


 「タイミング早いよビシド!」と言いながらアカネがビシドに詰め寄りなにやらブツブツ言っていたが、それを無視してスルヴ王が独り言ともアカネに話しかけるとも分からない言葉を発した。

「なんとなくそうなるような気はしてたよ!てかそろそろ来るだろうとは思ってたよ!!」


 アカネがスルヴ王の服の裾に縋りつきながら語り掛ける。

「ねぇ~お賃金ちょうだぁい!お賃金欲しいのぉ!

 あなたのお賃金がないとアタシ生きていけないのぉ!!」


「誤解を受けるような言い方をするな!こうなるだろうと思ってちゃんと用意してあるわ!!」

 そういいながらスルヴ王はドサッと金貨の入った袋をテーブルの上に置いた。


「アハッ…お賃金おっきぃ…いっぱい出たぁ…」


 紅潮した顔で艶っぽい声色を出すアカネに、スルヴ王はマジ切れの表情である。

「お前ホンマええ加減にせぇよ…」


 しかし袋を開けて中身を確認すると、はぁ、と大きなため息をついてアカネはトーンを変えて王に語り掛けた。

「あのね、あんたもそろそろ学習しなよ?

 アタシはね、まだ魔王は倒してはいないけどあの四天王を撃破してんのよ?途中とはいえ成果報酬があってしかるべきでしょうが!!」


 その言葉に王は舌打ちしながら廊下に控えていた側仕えに指示を出して追加の金子を取りに行かせた。


「それはそうと、そろそろいい加減お互いのスタンスをはっきりさせたいんだが?」

 スルヴ王がアカネの方に向き直ってそう言い放った。


「スタンスも何もないでしょ?あんたはアタシに魔王討伐を依頼してアタシはそれを受けた。それ以上のことがある?

 別にステファン達みたいに手厚いサポートをしろなんて言うつもりはないけど、そっちが変な干渉してこなければこちらとしても依頼事項を着実にこなすだけよ?」


 このアカネの言葉に王はしばし考えこんでから答えた。

「本当にそれだけだろうな?他意はないな?決して裏切るなよ?」

 スルヴ王としても言えるのはここまでである。本音ではイルセルセ軍に協力してヘイレンダールとノルア王国を共に攻撃しろ、と言いたいのであるが、表面上は未だノルア王国とは友好国のままである。

 王としての立場が本音を邪魔する。


 スルヴ王はただじっと黙って堪えることしかできなかった。


 アカネ達は王の側仕えから金子を受け取ってから王都を後にしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「出た」ってアカネチャンが言っても誰特じゃないですか?ヤギ下半身☆顔美少女のビシドサンが言ったほがコウカハバツグンな気がしました
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