第101話 光の勇者VS魔王
アカネ達とステファン達がマンダラ山で別れて4ヶ月の時が過ぎている。季節はすでに真夏である。アカネとステファンがこの世界に召喚されてほぼ一年の時が過ぎた。
その間国際情勢にもいろいろと変化があった。ヘイレンダールは南部に点在する、この大陸の海洋貿易の大部分を牛耳っている南部海洋国家群を次々と併合し、ノルア王国とは一旦休戦協定を結んだ。
イルセルセ王国とはエルベソ領の境界を挟んで一進一退の攻防がずっと続いていた。
その最中に現れた『光の勇者』は各地で市民を助けて名声を上げつつも魔王軍との直接対決は避けてきた。一方であまり表には出ずに暗躍する『闇の勇者』の不気味な存在…
しかし、ノルア王国で起こった革命と共に事態は一変した。国王をはじめとして次々と処刑される旧王政府側の人間。その混乱の最中にイルセルセとヘイレンダールが共に『ノルア王室の保護』を名目にノルア国への侵攻を開始。ノルア国の版図は次々と削り取られていった。
その時、それまで表舞台には出てこなかった『闇の勇者』が突然ノルア王室の残党をまとめあげて『新生ノルア王国』の建国を宣言した。
ゲリラ戦法を使ってヘイレンダールを攻撃し続ける新生ノルア王国に、少しずつだが、民の支持が集まり、志願兵も増えていっている。
これが現在ラーライリア大陸を取り巻く環境である。
「来ました、間違いない。あれが魔王の乗っている馬車ですね。」
「ありがとう、インデクト、情報通りだね。」
ヘイレンダール北部の荒涼としたステップ地帯を、その景色に似つかわしくない豪華な馬車が走っていた。その豪華な馬車の行く手を阻むように5人の人影が道に現れた。
光の勇者一行である。
これまでは魔王軍との接触を極力避けていたが、そうも言っていられない。イルセルセと魔王軍との全面戦争に入れば魔王討伐はもはや一刻の猶予もない。
そんな折りに『魔王が単独で帝都に引き返している』との情報が入った。無論護衛の近衛兵を数十名連れてはいるが、ヴァンフルフ、キラーラ、ベンヌは前線におり、エイヤレーレは帝都、魔王を直接狙う絶好の機会である。
この情報を受けてステファン一行は、直接自分たちと戦わないヴァンフルフを無視して少人数でエルベソ領を突っ切って魔王の単独撃破に向かうこととしたのである。
これまでイルセルセ軍が魔王軍との総力戦を避けてきたのは訳がある。
魔王の能力である。
彼の能力の詳細を知っているのはアカネだけだが、神出鬼没な能力であることは知られている。それがあれば速攻で司令部を破壊されて指揮系統が混乱してしまうため、極力全面衝突は避けていたのだ。
そして、光の勇者を魔王にぶつけなかったのは四天王の存在が大きい。『勇者の剣』があれば姿を消す前に遠間から魔王を直接狙うことはできるが、四天王がそれを邪魔しないはずがない。
アカネの陽動作戦によってイルセルセ側にも期せずして魔王討伐の目が現れたのである。
「その馬車に乗っているのは分かっているぞ。出てこい、魔王!」
ステファンが遠間から剣で馬車を指さしながら叫ぶ。エルヴェイティやヴァンフルフの時の轍は踏まない。剣はすでに鞘から抜いているし、馬車から十分な距離も取っている。
加えて遮蔽物のないステップの地形である。全てが勇者側に利があることを物語っている。
突然の来訪者に近衛兵がすぐさま馬車とステファン達の間に割って入るかと思われたが、意外にも彼らは道をあけるように馬車の両側に陣取った。さながらアカデミー賞のレッドカーペットのようである。
すると馬車から一人の男が出てきた。
髪の短い男で身長は170cm程、年の頃は30歳くらいだろうか。顔は…なんとも言いようのない特徴のない顔をしている。何人にも見えるし、何人にも見えないような…この男は何者であろうか?
少なくとも聞いていた魔王の特徴とは合致しない。魔王は長髪で丸い色眼鏡をかけているはずである。
「だっ…誰だ、お前は!?」
まさかここまで来て馬車を間違ったか?またインデクトのポンコツ発動か、とステファンが焦っていると、その馬車から出てきた男が歩きながら口を開いた。
「久しぶりの再会だってのに『誰だ』はないだろう。元気にしてたか、ステファン。
ヴァンフルフと4ヶ月も遊んでくれてたんだってな。お疲れさま。おかげでノルア方面じゃ随分楽させて貰ったよ。」
「な、何を言っているんだ、お前みたいな知り合いはいないぞ!!」
ステファンが汗をかいて記憶の糸をたぐり寄せながら答える。この汗は暑さからだけではあるまい。
「やれやれ、『闇の勇者』達は一瞬で見抜いたってのにな…『ストリスノ』の顔をもう忘れたか?」
ステファンの顔が青ざめた。マヌンガルの側近の老人で自由ノルア党の鷹派の筆頭格、常に自由革命軍との共闘を主張していた男、ストリスノ。
確かに自由ノルア党との距離が近かったときは党の主要人物ということもあって会ったことがある。いや、むしろ気心の知れた仲としてよく夜更けまで政治談義に花を咲かせていた人物である。
その人物が、実はヘイレンダールのスパイだった…?
(僕は…一体何をしていたんだ…)
ステファンは自分のアイデンティティが崩れていくような感覚におそわれた。
確かに、自分は市民の自由のため、自由ノルア党に協力した。しかし、結局上手くいかず、ノルア国王の忘れ形見、ナスルディンの身柄を保護して今度はノルア王国のために戦った。しかしそれも上手くゆかず、結局イルセルセに呼び戻されて有耶無耶になった。
上手くいかないことばかりだったが、その場その場で市民の自由と平和のために最善と思われる行動を取ってきたつもりであった。
しかし、実はそれがスタート地点から間違っていたのか、最初から魔王軍の破壊工作に利用されて、手のひらの上で転がされていただけだったのか?ステファンはそう自問自答しながら、体中から力が抜けていくような感覚を味わっていた。
力を失っていくステファンにテームが檄を飛ばす。
「ステファン!しっかりしろ!!今自分のすべき事を考えるんだ!!
アカネも言ってたろう!過去は変えられない!変えられるのは現在と、それに連なる未来だけだ!!」
確かアカネがそう言っていたのはとてつもなく格好悪い文脈だったような気がするが。
「ふふ…いい仲間を持っているな。だがもう遅い。」
そう言った男はもうステファン達から5メートルほどの距離にまで近づいていた。
「間抜けな奴だな。アカネならこんなミスは絶対にしないぞ?
俺がお話好きだからお前と楽しく会話してるとでも思ったのか?
敵と会話を交わす奴なんて、何かから気を逸らしたいからに決まってるだろう…
…ほら…今もまた俺が話し終わるまでのんきに待ってくれている…とことん素人だな…」
男はステファンと会話をして気を逸らしながら少しずつ距離を縮めていたのである。そしてもう一足一刀の間合いまで入り込んでいた。それでもまだステファンは戸惑っているだけだったが、馬車の方向から声が聞こえた。
「よせ…エッレク」
そう言いながら、馬車から魔王が出てきた。
「お前達が危険を冒すことはない。この程度の事態、私が収拾すれば、けが人すら出ない。下がっていろ。」
魔王がそう言うと、エッレクは素直に下がり、周囲の衛兵も少し距離を取った。
「出たな、魔王め、俺と勝負しろ!この戦いに決着をつけてやる。」
ステファンが息巻いていると魔王は近づきもせず、戦う姿勢も見せずにゆっくりと話し始めた。
「何か勘違いしているようだな。私は君と戦うつもりはない。そもそも私と君達とでは戦闘にすらならんのだ。何を持っていようが、何人いようが、な。」
そう言うと、魔王は指をパチン、と鳴らした。
その日、魔王の一団には書記官も同行していたが、記録には戦闘を示すような記述は見られなかった。