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96 旭川発、全国チェーンのラーメン店

「秘策は、あるんでしょうね、たぶん」


 クロハが言った。言うだけは言ってみた、というような、やる気の無い口調だった。換言すれば他人事だ。当事者意識が皆無。


「あるのかよ。だったら、その秘策って、何だよ?」


 俺の疑問は至極当然なものだ。


「私が知るわけないでしょ。私は一介の美人高校生よ。そんな国家機密レベルの知識があるわけないじゃない」


 今、さりげなく自分のことを美人高校生って言いやがったよ、クロハの奴。


 確かにクロハは客観的に判断すれば美人は美人だ。なんというか、そのへんのマイナーレーベルライトノベル作品の中で負けヒロインになれるくらいの美人さだ。


 そんなどうでもいい枕詞はともかくとして、知らないと言われては、手がかりが無くなってしまう。そもそもクロハ、女神じゃなかったっけ。どうなっているんだよ。都合の良い時だけ女神になり、都合の悪い時は単なる女子高生です、とか。


「私たちにできることは、日々相撲の稽古に精進して、いつか来る魔族との対戦に備えて力を蓄えることよ」


 高らかに唱えたクロハ部長の言葉に、恵水と二階堂ウメさんも深く深く頷いた。


 いや、そりゃ、原則論としては、そうなんだろうということは分かる。でも、そんな悠長なことをやっている場合ではないと思うぞ。


 日本列島は魔族に占拠されている。北方領土よりも深刻な状況だ。相手が魔族じゃ、和平交渉とか経済協力とか平和条約締結とか、そういう話は通じないだろうし。


 そして、時間が経過すればするほど、魔族の方が有利だ。


 とっとと奪還作戦、やれよ、日本。


 あー、もしかしてアレか。この期に及んで憲法9条とかなんとかを持ち出してくるのか? そもそも魔族相手に憲法9条適用されるのか?


 それに、都市艦に日本国憲法が適用されるのか?


 中学校の社会の時間に習ったはずだけど、国家というのは、三つの要素が揃って初めて成り立つもので、国民と領土と主権である。……そうだったよな確か……


 でも、国民はともかく、領土が無いじゃん。都市艦は国土じゃねえよな。


 だから都市艦の俺たちは日本国民じゃない。元・日本国民だろうけど。だから憲法を盲目的に遵守する必要も無いだろう。


 憲法9条を叫ぶのは、魔族から国土を取り戻してからでいいんじゃないかな。


 それはそうと……


 地道に稽古するしか方法が無いって。


 どうすりゃいいんだ?


 俺は転生者であって、本来この旭川の市民じゃない。こっちの事情に真剣に悩む義理は無い。……そうはいっても、元の世界に戻れるというのでもないし、こっちの世界で生きていくのなら、自分の国を魔族に乗っ取られたままというのは気に入らない。……自分が生活しているのが都市艦の上っていうのはなんとなく気持ちがたかぶって滾るものがあるけど。


 稽古場に重い空気が垂れ込める。


「ねえ赤良。地下製麺工場で魔族の爆発攻撃とか、こんなことがあったばかりだし、もう時間も遅いし、今日の稽古は終わりにしましょう?」


 クロハ部長からの意見具申に、俺は頷いた。


 気力が落ち込んでいる時に稽古をしても駄目だろう。ヘタをすれば怪我をする危険もある。いずれにせよ、魔族による攻撃と、それへの対処で慌ただしかったけど、時間が時間だ。生徒たちをさっさと下校させないと。


 俺も、腹減った。


 人間である以上、たとえ異世界でも、生きていれば腹は減るんだな。……まあ、爆発した地下製麺工場へ救助に向かって、体重のある二階堂ウメさんを抱えて戻ってきたから、40過ぎのオッサンとしては体力を消費した日ってことになるけど。


 ということで、本日の部活動は終了となった。


 部員たちは、二階堂さんも含めて帰宅した。


 俺も、借りた一軒家に帰宅しようと思ったが、その前に寄り道をした。


 学校からまっすぐ家に帰るよりはちょっと遠回りになるけど、一度はそっちに行ってみたかったのだ。


 俺の目の前には、玄関先に紺色の暖簾を掛けられたラーメン屋があった。白抜きの字で「梅風軒」と毛筆書体の力強いフォントで書かれている。


 梅風軒自体は、旭川の有名なラーメン屋だ。それは、転生する前の元々住んでいた旭川にもあった。全国的に知名度のある名店で、旭川市内にも複数のチェーン店があり、恐らく全国各地にもチェーン店が出ているはずだ。


 俺は暖簾をくぐり、引き戸を開けて店内に入った。


「へいらっしゃいませ!」


 俺より年上、ってことは50歳前後くらいだろうか、厨房から小太りの大将が威勢のいい声で挨拶してくれた。夕方の営業が始まってから、客はまだ来ていないらしい。大将はテレビのニュース番組を観ていた。


 カウンター席に座りながらテレビ画面に目をやると、見覚えがある光景が放送されていた。


 白い煙が曇り空を汚していく。見覚えのある学校の校舎。


 間違いない。さっきの地下製麺工場の爆発についてニュースで報道しているのだ。


 俺は画面の方に少し身を乗り出して注目した。音声が小さいので、これでもかというほどに耳をすます。



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