93 罪を憎んで人を憎まず、魔族を憎め
「そもそも論になるけど、魔貫光殺砲で魔族を倒したとしても、次から次へと新しい魔物が湧いて出てきたら意味が無いでしょ。そこで、魔族への対策とされたのが、相撲なの」
ああ、もうこうなったら俺の知っている日本とか完全に別物だ。
やっぱり、異世界なんだ。
そして俺は、今になってようやっと、その異世界の設定を聞かされているのだ。
「相撲って、『上は神を祀り下は魔を制する』と言われるのを知らないかしら?」
そのワード、どこかで聞いたことあるな。どこでだったっけ?
「相撲は神様に奉納するものなの。神様の力を借りて、魔族を抑圧する。天神地祇を祀り、魔族を制圧するのが相撲の役割とされている。その一大拠点であり象徴であるのが、両国国技館なわけ。お分かり?」
「なんとなく分かってきた気がするな。相撲の聖地である両国国技館自体が魔族に対する封印、ってことなんだな? そして、両国国技館で相撲を取ることによって、魔を制圧する、ってことなんだろう?」
「理解が早くて助かるわね。……そもそもこの世界では義務教育レベルの常識だから、理解が早いとか遅いとかの話以前のこととして、最初から知っていてほしかったけどね」
いちいち毒を吐くなよクロハ。
「さすがに赤良でももう分かったと思うけど、両国国技館が健在だった頃は、魔族が次から次へと雨後の筍のごとく湧いて出てくることは無かったのよ。両国国技館自体が魔族に対する封印だから。だけど大地震が起きて、国技館が破損してしまった。それにより封印が部分的に解けてしまった」
沈痛な表情で、クロハが語る。まるで、今この瞬間に両国国技館が瓦解する様子を目の当たりにしているかのようだった。
俺の視界の端では、二階堂さんが新しいアイスを食べている。鮮やかなピンク色のパッケージなので、ピーチ味かもしれない。
「両国国技館の封印が部分的に壊れたことによって、奈落の底から、魔族たちがこの時とばかりに飛び出してきた。もちろん、相撲取りの女たちも相撲や魔法で戦った。でも、両国国技館という加護を失った状態では、多勢に無勢だった。戦いの趨勢は魔族たちの方に大きく傾き、女力士達は次々と撤退して行った」
そりゃあ、最早、日本じゃねえなマジで。
「半壊状態だった両国国技館は、ここに至って、魔族たちによって完全に破壊されてしまったの。封印は完全に解けてしまった」
なるほど。説明を聞いて、まあ納得したわ。
両国国技館が地震で壊れた、というのも事実だし、魔族によって破壊された、というのもウソではない正しいことだった。
でもな。
両国国技館が完全破壊されたなら、ヤバいんじゃないの?
それって封印が完全に無くなってしまっていて、魔族が出放題、ってことでしょ?
早く両国国技館を再建しないと。
でも、再建しようとすると、当然魔族が妨害してくるだろうな。
どうすりゃいいんだ?
「今のクロハの話を聞いていると、両国国技館の重要性がとても良く分かった。でも、だったら一刻も早く再建しないとダメなんじゃないのか? 再建が遅れれば遅れるほど、魔族がどんどん出てきて数を増やす一方なんじゃないのか?」
「そうよ。当たり前でしょ」
冷たい口調でクロハが肯定する。
ああ、ここに来てようやく、向こうの世界でトラックにひかれて死んだだけのキモいオッサンである俺が、わざわざ異世界に召喚されて女子相撲部監督に就任を要請されたのか、理由が少しずつ分かってきたような気がするぞ。
魔族との戦いが続いている以上、女子力士の育成は急務だ。となると、指導者も必要だ。喉から手が出るほど欲しいだろう。
だから、素人ではあるけど格闘技には興味があって幼い頃から大相撲をテレビ観戦していてある程度詳しいという自負のある俺に白羽の矢が立ったということか。
俺に課せられた役割、思っていた以上に遥かに重要だった。
女子相撲力士を育成して、魔族との戦いの最前線にすぐれた力士を送り込まなければならない。指導者不足とか言っていられない。生徒が多感な女子であるからには、男性の指導者よりは女性の監督の方が相応しいようにも思うが。
でもなあ。指導者を異世界の、それも男に頼らなければならないって、酷い状況だな。人手不足もいいところだ。部員だって、この旭川西魔法学園で二人、藤女子で一人というていたらくだ。いくら少子化の時代とはいえ、相撲自体がそんな重要な役割のある大切な競技だというくせに、少なすぎるんじゃ。
そんな状態が長く続くと、最悪の事態になってしまうぞ。
「魔族たちの方が我々人間よりも、数で圧倒しました。やがて、両国国技館が完全破壊されたことを受けて、魔族と人間との戦いは、完全に魔族が一方的に優勢になりました。その結果が今の日本です」
今の日本?
消費税900パーセントか?
こんなふざけた社会になったのは、魔族のせいってことか。
罪を憎んで人を憎まず、魔族を憎め。




