60 追いかけて、雪国旭川
それこそ、俺がいた現代日本では、どこそこの高校の硬式野球部で不祥事があって高野連により対外試合禁止処分が言い渡された、なんてニュースを頻繁に見かけた。
高野連とか戦車道連盟のような強力な権限を持った組織だったら、練習試合を禁止することができるだろうけど、今回のケースはあくまでも佐藤恵水一人のワガママだ。
もう論破目前だ。じきに恵水の方から折れて、晴れて二階堂さんが練習に参加できるようになるだろう。めでたしめでたし。
「分かりました。監督がそこまでしてまで二階堂さんの練習参加を認めたいと言うのならば、私はもう、これ以上ついて行けません。私が相撲部から出ていきますので、勝手に二階堂さんを交えて練習でもなんでもやっていてください!」
えっちょっとそれどういうことなんでそうなった。という疑問が口から言葉として出る前に、恵水は走り出していた。二階堂ウメの横をすり抜けて、プレハブから走り出てしまった。
あまりに突然のことで、この場に居る三人の誰も制止できなかった。
「え? これどういうこと?」
「監督が何を言っているのよ。説明してほしいのは、こっちなんだけど」
「も、もしかして、私のせいでしょうか? す、すみません……」
「い、いや、二階堂さんが悪いわけではない、と思います。たぶん……」
フォロー発言はしておいた、けど、マジで確信は持てない。二階堂さんが悪いわけではないだろう。だが、二階堂さんが押しかけてきたことがきっかけで、佐藤恵水が離脱を表明して出て行ってしまった。
それは厳然たる事実だ。
ほんと、女ってヤツはめんどくさい!
「どうしよう、赤良! 探しに行かないと!」
「いや待て。何人もでゾロゾロ行っても非効率だし、恵水だって心を閉ざしてしまうだろう。俺が一人で行く」
「で、でも……」
「クロハは部室に残って稽古していろ。もしかしたら恵水が戻って来るかもしれないじゃないか。その時に迎えてくれる人がいないと不安になってしまうだろう」
「私はどうしましょうか?」
俺は一瞬、脳内の思考歯車を時計回りに回転させた。二階堂選手は、どうしようか?
連れて行ってもあまり意味は無いかな。説得しようにも、二階堂さんが一緒だと恵水としては態度を硬化させてしまうかもしれない。
てか、そもそも、部内のゴタゴタに、それこそ部外者である二階堂さんを巻き込むのは申し訳ない。
「二階堂さんは、ここで稽古していてください。ぶつかり稽古くらいだったら、クロハと一緒にやっていていいです」
「でも、さっきの人、私がこの場所を使って稽古することに反対していましたよね? いいんですか?」
「いいよ。俺が監督なんだから、決める権限は俺にあるはずだろう。だったら、俺がいいといえばいいんだよ。恵水にも反論させないから」
「わかりました。じゃあここで稽古しながら、監督が戻ってくるのを待たせていただきます」
「クロハも二階堂さんも、二人とも俺が不在の間に怪我とかするのは勘弁してくれよ!」
叫ぶように言い残して、俺はプレハブ部室を出て、そろそろ夕刻ごろだというのに無駄に蒸し暑い曇り空の下を駆けだした。
あ!
ここで。
俺は重要なことを一つ、思い出した。
これは伏線、というかフラグだ。
危険なフラグだ。事前に折り取っておかねばならない。
俺は慌ててプレハブに戻り、戸を開ける。
「言い忘れていたけど特に二階堂さん! 冷凍庫の中にクロハの分だけでなく恵水の分のアイスクリームも入っているかもしれないが、勝手に食べたらダメだぞ! 必ずトラブルの元になるからな!」
トラブルの種を事前に摘んでおく俺、ガチバリ有能!
「へ?」
驚いたような呆けたような表情で、こちらを振り返っている二階堂ウメ選手と目が合った。
二階堂ウメさんはお着替えの途中でした。
藤女子の制服を脱いで、下着姿になっていた。これから鞄の中に持参してきたレオタードを着用しようとしているところのようだ。上はベージュ色のいわゆるスポーツブラというやつだろう。下は白いおぱんつだ。若い女性がはくようなおぱんつなんて見慣れているわけじゃないが、たぶん普通にオーソドックスなやつだろーなぁぁーーー。
「キャーッ!」
霊長類の喉のどこから出ているのか不明だが、二階堂ウメは悲鳴をあげた。まるで、アニメにおける主人公がラッキースケベでメインヒロインの着替えを覗いてしまったシーンのようだ。……って、この喩えはあまりにもそのまんますぎて比喩になっていないな。
「赤良! ノゾキなんてサイテー! さっさと出て行きなさいよ!」
今日、俺がここに来た当初からレオタードにまわし姿のクロハが叫んだ。
てかクロハよ、オメーもこの部の部長なんだからよ! 着替えの場所くらい教えてやれよ! 男の俺が恵水を追って出て行ったからって油断してこんな土俵の脇で着替えをさせるなよ。
「ゴメンゴメン! 覗く気は無かったんだ!」




