53 マネージャーのほまれ
「あれ? トンネルに入った?」
「トンネルじゃなくて、地下に入ったのよ」
そうか。ってことは、思っていた以上に旭川西魔法学園に近付いていたらしい。すぐに製麺工場に到着するんだな。
……と、思っていたのですが。
トンネルにしては、随分長いんじゃないか?
無論旭川にもトンネルはある。郊外のバイパスの春光台あたりの国道にトンネルがあったはず。でもそんなに長くなかったはず。……そもそも俺の母校である西高近くにはトンネルなんか無かったような。
と、うだうだ考えている間にも、青い車はそれなりのスピードを出して走り続けているけど、まだ工場に着いていない。
これはもう認めないわけにはいかない。
異世界旭川、地下にも広大な道路網がある。
道路だけじゃない。諸々施設も当然ある。地上もそうだったけど、なぜか水産加工会社が多いような。蟹の缶詰工場という看板も出ている。なんとなく蟹工船を思い出してしまった。そのうちカムチャツカ体操とか始まってしまいそうだ。……まあ、異世界なんだし、深く考えるのはやめようか。
「工場に着いたよお兄さん」
駐車場は、当たり前だけど地下駐車場みたいな場所だった。いや、本当に地下駐車場なんだろう。
「どうもありがとうございました。助かりました」
遅刻せずに済んだ。ほっとした。
午後三時以降、上の魔法学園で相撲の指導をして、それからどう帰るのか、明日以降どうするのか……
ま、考えても仕方ないか。
今日から自分的に仕事始めなので、頑張らねば。
ラッキーなことに、上司である亀山マネージャーは美人だし。
俺は改めて梅風軒の女将に深々と頭を下げてお礼を述べてから、工場に入っていった。
「お、キミが今日から働くっていう城崎赤良クンか。俺はマネージャーの内田快斗だ。よろしくな」
アラフォーである俺より明らかに年下の、20代後半かギリギリ30代に入ったかくらいの青年から、フランクに話しかけられた。
内田と名乗っていた青年は、見た目でいえば、澤穂希選手に似ている感じの精悍さがあった。あの、女子サッカーの日本代表選手で、ワールドカップ優勝に貢献した中心選手として活躍した人だ。……いや、そんなことはどうでもいい。
マネージャーって、あの亀山さんじゃなかったのかな?
いや、この工場にはマネージャーという肩書きの人が複数居るのかもしれない。亀山さんだけでなく、この内田氏もそうだ、ということなのかも。
まあ、マネージャーに色々指導を受けるのなら、年下の男性にあれこれ指図されるよりは、美人にあれこれ指図される方が良かったんだけどな。
そんなちょっとした不満を胸に抱えたまま、俺は内田マネージャーの指示に従って貸与作業服に着替え、ヘルメットの顎紐を締める。
そしてお待ちかね、フォークリフトに乗ることになる。
向こうの旭川に居た頃に乗っていたフォークリフトと同じくらいの大きさで、特に難しいことも無い。運ぶ荷物がラーメンの麺ということで、荷崩れを起こさないように注意。まあ、当たり前のことで、これといって特別なことは無い。
昼は一時間休憩。なのだが……
俺は弁当は持ってきていない。コンビニで買うにしても、消費税900パーセントのこの世界での買い物には不安がある。
どうしよう、と思っていたら、年下のマネージャーの内田氏がアドバイスをくれた。工場には格安の社員食堂があるらしい。俺は早速そちらに向かった。なお、内田氏は愛妻弁当持参なので社員食堂には行かないらしい。
そういやここは製麺工場だった。だからラーメンくらいは格安で出せるってことなんだろう。
と思って実際に社員食堂の券売機に示されたメニューを見て、俺は少し腹を立ててしまった。
「マジかよ。ラーメンがメニューに無いじゃん!」
なんなんだよ。製麺工場のアイデンティティを否定してんじゃね?
そりゃ、格安社員食堂のメニューに旨い物があるなんて過度な期待はしていない。だけど製麺工場であるからには、最低限麺くらいは旨いラーメンがあったっていいんじゃないの?
とイライラは胸の中で二つの乳首を突き破らんばかりに募るけど、そこは辛抱だ。気を取り直してラーメン以外を食おう。
といっても、所持金に不安がある俺である。選ぶのは好みではなく、金額の安さだ。
なぜか、スープカレー、というのが一番安かった。
普通、スープカレーって、ゴロっとした大きな具が入っている都合もあるし、ご飯とルーを別の皿で出すから洗い物が増えることもあって、こういう食堂では滅多に出てこないし、出たとしたら高価なもんだと思っていたけど。
ま、量が少ないとか、そういうオチだろうな。とにかく、過度な期待は禁物。
金額の安さが選択の基準であるからには、俺は素直にスープカレーを選んだ。これ、辛さとか選べないらしい。じゃあ大したパンチの効いた辛みとかも無いんだろうな。期待しない、期待しない。




