47 ただの間接キスには興味ありません
でもでも。新規のプレイヤーを増やすのが難しいのなら、なおさら、増やす努力をする必要があるんじゃないかな。
「ただ相手が来るのを待っているだけじゃなく、こちらから積極的に引き入れる努力が必要なんじゃないんか?」
「それが難しいから、困っているんじゃないの」
今度は俺が考え込んだ。いかに体格の良い人を見つけてスカウトしたとしても、本人にやる気がなければ相撲を始めるということは無い。
それは、俺がいた現代日本における男の大相撲でも同じことだ。
相撲部のメンバーであるクロハ、恵水が部員集めをやろうとしても限界があるというのなら、たぶん、そこに俺が加わったくらいでは無理というものだろう。
そもそも俺は昼は地下の製麺工場で働くことになった。そして午後三時過ぎから部活の指導。となるとそもそも学校の女子生徒に会う機会が無いじゃないか。それじゃスカウトのしようも無い。
……悲現実的な仮定ではあるが、もし監督に就任した俺が超絶イケメンだったら、俺目当てで入部する女子も出てきたかもしれない。でも実際の俺はアラフォーのオッサンで顔もコワモテというか、決してイケメンの優男ではない。だからモテずに人生ここまで来ちゃっている。……そうそう「悲現実的」というのは誤字じゃないからな念のため。悲しい現実ですから。
それでもなお部員獲得の方法を模索するなら、学校単位で頑張るしか無いんじゃないかな。
高校野球における野球留学みたいなやつ。
あれはあれで、色々と問題だとか言われているみたいだけど、学校側から見れば、小学校中学校時代から有能な選手を日本全国レベルでスカウトして自分の学校に入学させて、それで野球部を強化して甲子園に出場して知名度アップ。選手の側から見れば、自分の住んでいる近くに野球に集中できる環境の強豪校が無いような場合でも選択肢が増えるし、強豪校で甲子園に出てプロ入りへの道筋を作るというのが目指せる。お互いにメリットがあるからこそ、野球留学という制度が成り立っているわけだ。
「なあ、クロハ。学校にかけあって、全国から有能な選手をスカウトして入学させる、っていうことはできないのか?」
「ぜんこく?」
クロハは心底驚いたような表情をしていた。今、俺が言った意見は特段珍しいものでもなく、それこそ野球留学の発想くらいのありふれたものだが、そこで驚くか?
「制度的には、不可能ではないはずだけど、現実にそんなことはあり得ないでしょうね。旭川市内の中学生は旭川市内に複数ある高校のどこかを受験して進学する。旭川市以外の人は、その出身地の地元の高校に進学する。それが当たり前」
そのへん、やはり俺がいた現実の日本と、この異世界旭川では、そういう進学とかに関しても考え方の差異があるのだろうか。
「高校進学だけに限らず、今の日本は都市単位でほぼ全てのことが完結しているというか、自給自足になるのが当たり前でしょう。都市艦なんだし」
言いながらクロハはちびちびとアイスクリームを食べて、カップの中のアイスは残り少なくなってきていた。
「あっ、もうアイス最後の一口だね。赤良監督、食べる?」
ちょっと上目遣いで挑戦するかのような口調で、クロハはアイスのカップを少し斜めに傾けて、ヴァニラアイスが確かに一口分くらい残っているのをこちらに見せる。
「じゃあ……」
俺が答えかけたところで、クロハが言葉を被せる。
「あー、でもこれを食べたら、私と赤良が間接キスってことになっちゃうよね? どうしようかなぁ……赤良はどう? 間接キスとか、恥ずかしくない?」
俺は無言で首を横に振った。別に恥ずかしいとか、無いです。そんな、ぴゅあなチェリーボーイだった中高生くらいの頃ならともかく、ピュアでもなんでもない単なる堂庭王である今の俺が、間接キスくらいで恥ずかしがるわけがないだろう。くれぐれも言っておくけど、俺はアラフォーのオッサンだぞ。言ってしまえば年季が違うんだよ、年季が。
間接じゃなくて、直接キスだったら、ドキドキが炸裂してキョドり不審になっていたかもしれないけど。
「じゃあ食べる!」
「ふーん、食べないのね…………って、え? マジ? 食べるの?」
「なんだよ。食べたらダメか? そっちの方から、食べるかどうか聞いて来たんじゃないか。ダメなら最初から聞くなよ」
俺の正論に反論する言葉を持たなかったのだろう。クロハは無言のままアイスのカップを俺の方に差し出した。
「スプーンもくれよ」
カップを左手で受け取りながら、右手を差し出す。スプーンというよりは、木のへらだ。
「私が食べていた方じゃなくて、持っていた方で食べてよね」
「……ちっ……」
「ちょっと、今、舌打ちしたでしょ? やっぱり、興味無い、みたいな振りをしていながら、本当は期待していたんでしょ?」
「そ、そんなこと考えていないってば。持っていた方で食べればいいんだろ?」




