41 消費税は増税予定
良き思い出だ。だけど、今にして振り返ると、確かにそのイベントに当選したのが奇跡だった。俺にとっての一生分の運をそこで全部使い切ってしまった感は否めない。
でもまあ、世知辛い現実の旭川とはお別れして、魔法も存在する異世界に来たんだ。運の値もリセットになっているだろう。
そういうことで俺はそれ以来、唐津焼きのファンなのだ。
伊万里焼きも嫌いじゃないぞ。帰りの荷物がかさばってしまうから買わなかっただけで、アニメ作中に登場した伊万里の焼き鳥屋でキャラたちが食べていたメニューを俺も食べて大満足だった。
さすがにそんな本格的な焼き物の湯飲みとまでは言わないけど、紙コップ、それもよりによって病院のアレという時点で、俺の扱いがどの程度かってことは、容易に想像できようってもんだな。
気を取り直して、先割れスプーンで玉ねぎの皮を一枚一枚剥ぎながら、赤っぽいスープカレーを食べる。最初の一口は辛さにびっくりしたけど、そうだと分かってさえいれば、むしろこれくらいパンチのある辛さの方が俺の好みだ。ほどよく汗をかくくらいで丁度いい。
「ごちそうさまでした」
カレーを完食した。いや、スープカレーだから完飲と表現した方がいいのかな。
でも完飲という表現は、量がガチで山盛り天呼盛りですごいことで有名な次男系ラーメンをスープまで全部飲み干した時の御用達の表現だからなあ。突然ドクターストップかかるやつな。
クロハの方も、自分で作ったおかずも含めて全部食べ終えていた。
「なあ、突然押し掛けておいてずうずうしいお願いなんだけど、シャワー浴びさせてもらってもいいか?」
「いいけど、その前に私の頼みを聞いてくれる?」
「だから何なんだよ、その頼みっていうのは?」
さっきから言っていたよな。具体的に俺に何を頼みたいのだろう。
もちろん、こうして既に夕食をごちそうになり、シャワーもあとで使わせてもらって泊めてもらう以上、よほど理不尽なこと以外は、あと、お金がかかっちゃうこと以外は頼みごとを聞くつもりだ。
人間関係はギブアンドテイク。一方的に受け取るばかりではダメだ。
「別に大した特別なことじゃないんだけど、、、、赤良、あなたの体を、私にぶつけてほしいの」
なんだ。ただの肉体関係のご所望か。
いいぜ。こちらも大歓迎だ。
アラフォーとはいえ、肉体が資本なので日頃から鍛えているしな。それに、体で払うことならお金もかからないし。
ということで食後は、俺は腹がこなれるまで休憩。クロハは洗い物。
俺も先割れスプーンは使ったのだし、食器洗いくらいはやる、と申し出たのだが、断られたのですぐに引き下がった。自分の家の中のことをあまり他人に触られたくない、という心理があるのかもしれない。特に、クロハは正体はともかくとしてこの旭川では女子高校生だし、俺はアラフォーのコワモテのオッサンだし。
その間テレビでも観ていようと思ったのだが、この部屋にはテレビが無い。マジかよ。オッサンの俺が子どもの頃に普通だったブラウン管テレビも当然ないし、現代的な薄型テレビも無い。本来テレビが置かれているはずの場所は、棚が占拠していて、鉢植えの植物が我が物顔で自己主張している。
とにかく情報がほしいところなのに。
新聞はある。さっき、この部屋に入る時、玄関の靴箱の上に古新聞が重ねられていた。
「ちょっと新聞見せてもらうぞ」
と、クロハに一言断ってから、『旭川毎朝新聞』という新聞を手に取る。全然聞き覚えの無い新聞だな。
一面。ぱっと見ると、大きな文字が踊っている。
『消費税、更なる増税は不可避』
おいおいおいおい。
消費税って、さっき、900パーセントだったやつだよな?
まだ増税すんの?
何に使ってんの?
もう、見出しを見ただけで頭がクラクラしてしまい、気が遠くなりそうだった。細かい記事を読む気にもなれず、俺はスポーツ欄を開いた。
プロ野球のHNFの結果くらいは見ておきたい。
真ん中へんのページを開いてみたが、プロ野球の記事が無いぞ。
あれ?
ここ、スポーツ欄だよな?
旭川市内の中学校の陸上大会の成績とか、旭川市内の高校の男子柔道の対抗戦の結果とかが掲載されている。
なんだこれ。スポーツはローカルな記事しか書かないのか?
そんな中、大きな紙面を割いている特集記事があった。
藤女子高校相撲部エース、二階堂ウメさんの挑戦、と題した記事だ。
モノクロだけど、写真も掲載されている。黒っぽいレオタードに白いまわしを巻いて、土俵の上で相撲を取っている姿だ。顔は、どこかで見たことがあるような、と思ったけど、あっちの世界にいた女子レスリング選手に似ているのだと思い至った。オリンピックで三連覇し、霊長類最強と謳われ国民栄誉賞を受賞した人にそっくりな顔立ちじゃないか。
まさか、あの人がこっちの世界に転生してきた、とか、そういう話じゃないよな?




