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34 中国でも銀座でもやっぱり旭川

 めんどくさいなら別にクロハはついて来なくてもいいところではあったが、それでもクロハは道路を渡った向かい側のコンビニに一緒について来てくれた。少し離れた場所にある信号のある交差点の横断歩道を渡って、ぐるっと回り込んで行く格好になる。車通りが無ければ、わざわざ信号のある横断歩道まで行かずにその場で道路を走って横切ればいいのだが、俺は交通事故でトラックにひかれて死んだばかりだ。もう事故で痛い思いをするのは懲り懲りだ。安全第一です。


 向かいのセイコーマートの店内に入って、まずは店員の顔を確認した。膝から崩れるのは耐えた。耐えたが、気持ちが萎えるのは耐えられなかった。


 店員二人は、全然見覚えが無かった。典型的なオバサンパーマで大仏のようなヘアスタイルの中年女性と、高校生のアルバイトだろうか、ちょっとネクラそうな感じのメガネをかけた若い兄ちゃんが店員だった。


 記憶の糸をカンダタ以上に力強く手繰っても、全く見覚えの無い二人だった。


 よく見かける店員は、二〇代後半くらいと思われる若い女性だった。黒髪をシニョンにまとめていて、声優のようなアニメ声と笑顔が素敵な女性で、左手の薬指に銀色に光る指輪をしていなければ、思い切ってナンパしようかどうか迷ったかもしれない。


 あの女性店員は? 今はシフトじゃないのかな? それにしたって、今居る店員二人だって、全然知らない人なんですけど。


 落ち込んでいても始まらない。俺は店内の奥に入り、ビタミンカステラを探した。


 定番商品ということで、普通に置いてあって安心した。近辺には標津羊羹とか、袋入りきびだんごとか、水飴せんべいも置いてある。


 良かった。これは、俺の知っている世界と同じだ。


 あーでも、こうして色々な商品を見ると、目移りするというか、ビタミンカステラ以外のものが食べたくなったな。ビタミンカステラって、本当にビタミンを添加されているんだったっけ? ネーミングの由来は俺もよく知らない。


「やっぱ標津羊羹にしよっかな? なんか精神的にも肉体的にも疲れたので、甘みの強いものを食べたくなったわ」


「なによ。浮気なの?」


「人聞きの悪いこと言うなよクロハ。羊羹はよう噛んで食べなさい、ってダジャレになるくらい日本人に馴染んだ和菓子なんだぞ」


「ふうん。別に羊羹でなくても、お腹が減っているなら、なんでもいいじゃない。どうせそれだって、標津羊羹って名乗っているけど、旭川で生産しているんだろうし」


「へ? 標津羊羹って、道東の標津町で作っているから標津羊羹なんじゃないの?」


「名前の由来がどうかなんて知らないけど、旭川で生産して旭川で売っているんでしょ。旭川市の生産力のポテンシャルを甘く見ないでよね」


 ちょうど掌に握れるくらいの細長い長方形の紙の箱の反対側を見てみると、生産地は確かに旭川市の住所が書かれていた。


「あれ? どういうことだろう?」


 とはいえ、あまり気にしても仕方ないかもしれない。中国料理銀座ア○ター旭川店があったとしても、中国なのか銀座なのか旭川なのかを気にしないのと一緒だろう、たぶん。


「んー。やっぱりビタミンカステラにしておくか」


「何よ。結局また浮気返し?」


「浮気返しとか変なこと言うなよ。標津羊羹なのに標津じゃないから、正真正銘旭川産のビタミンカステラにしておこうと思っただけだよ……旭川産だよな?」


 俺はビタミンカステラのパッケージを確認した。良かった。ちゃんと旭川市の住所が書いてある。それを一個レジに持って行こうとした時、店内放送の女性の声が聞こえた。


「セイコーマートは、新鮮な牛乳が毎日お得。旭川市内産の牛乳だけを使った、おいしさフレッシュ」


 あれ?

 あれ?


 今、違和感が二つ同時にやって来て、俺、顔は平静を装っていても動揺を禁じ得ないんですが。


 まず、セイコーマートの牛乳って、俺の知っている限り、道北の豊富町産だったと思っていたのだが。


 まあそりゃ、旭川は道北の中核都市であると同時に豊かな農村地帯でもある。羊羹の材料になる小豆だって生産しているだろうし、酪農で牛乳だって産出しているだろう。その気になれば標津町や豊富町にだって劣らないはずだ。だから、地元産の商品があったとしても不思議ではない。


 そして、もう一つの違和感。


 今、店内放送でしゃべっていた女性、誰?


 聞き覚えの無いナレーションだった。


 俺の知っている限り、セイコーマートの店内放送のナレーションは、北海道出身の元農業アイドルの人のはずだ。


 クイズ番組に出演しておバカタレントとして人気を博し、その後、北海道の高校が甲子園で優勝した時のエースピッチャーと結婚したはずだ。


 今、聞いた声、全然別人だったんですけど。


 どうなっているんだ?


 おいしさフレッシュというよりは、おかしさマックス、と言うべきじゃないか。


 これが。これが、異世界の洗礼というやつなのか。


 絶望感だけが募ってゆく。


 ここは、俺の知っている旭川とは少し違う。いや、俺の家が無い時点で、少しどころではなく大幅に違っている。


 北海道全域を基盤とするコンビニチェーンのセイコーマートも違っている。旭川産が優遇されているのはいいが、喜びよりも先に違和感がやって来てしまう。



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