28 アニメの設定って、よく考えたらヒドいよな
俺は相撲の指導はするよ。監督に就任したからには。やることはやっちゃる。
でも、人数不足なんて、どうしようもなくないか?
俺が居た現代日本でも、少子化の影響で、田舎の高校あたりだと団体競技の部活は人数不足で苦労しているようだった。野球部なんかも、余所の部活から助っ人を借りてきてようやく公式戦の大会に出場できるとか。あるいは余所の高校と合同チームを組むとか。
ぶっちゃけ、最も悪いケースだと、あまりにも田舎が限界集落化しすぎて学校自体が廃校になってしまう、なんてことも珍しくない。
「来年度の入学者数が一定数に満たなかった場合、この学校は廃校となることが決定します」
なんて、以前に観たスクールアイドルアニメの設定みたいなムチャクチャな話が現実にあるのだ。田舎というものは。
アニメでは、スクールアイドルの頑張りによって廃校を阻止できたりするんだけど、現実は厳しい。少子化は止まらない。田舎の学校は実際にそうして廃校になっていっている。
「ちょっと待ってください。それって、部員確保を、俺がやらなくちゃならない、って話ですか? そんなこと、一言も聞いていなかったんですが」
俺は隣に座っているクロハの方をうかがった。クロハは黙ったまま、澄ました顔をしている。普通にしていれば、ギリシア彫刻の女神像みたいで神々しいようにも思えるが、誤魔化されてはいけない。
「クロハ。どういうことだよ?」
「そりゃ、団体戦を見据えるなら、部員の人数は多いに越したことはないわね。でも、団体戦と言っても、勝ち抜き戦だったら、一人からでも出場できるし」
「へ?」
「つまり、一人で相手チームの全員に勝ち抜けばいいわけでしょ。星取り戦だったら出場できないけど」
「勝ち抜き戦もあるのか……いや、そもそも勝ち抜き戦だからって一人から参加を認めちゃってもいいわけ?」
「だって、相撲ですから」
なんなんだ、その、相撲の特別扱いは。
あれだ、俺が居た現実の日本では高校の部活の中では硬式野球が特別扱いされていたなものかもしれない。
だが、基本的に俺には選択肢というのが無いのだ。
相撲部監督就任も了承しなければならない。製麺工場で働くことも、自分の意思で決めたというよりは、そこに敷かれていたレールを提示されて、選択の余地無く乗っかっただけだ。
相撲の技術的指導でクロハと恵水を強くするだけでなく、部員集めもしなければならない。
いいだろう。やってやろうじゃないか。
よくよく考えれば、こちらの旭川では相撲は乙女のたしなみ、らしいじゃないか。あっちの日本に居た頃に観たアニメで、戦車道は乙女のたしなみ、とか無理矢理な設定のアニメがあって、登場する女の子はかわいいしストーリーは面白いしで俺も大好きだった。
てことは、相撲部として集める部員も女の子というわけだ。
さすがに戦車道アニメのように都合良く可愛い娘をスカウトできる、などと甘い幻想を抱いてはいないけど、女の子が増えるのはいいことだ。いわゆるハーレムルートじゃないか。
そりゃもちろん俺のようなアラフォーオッサンが、女子高生のヒロインとくっついてイイ関係になる、なんて可能性は無いだろう。そこまで過度な期待はしていません。
だけど現実世界では、俺はいわゆる非リア充のオタクで、女子と仲良くなる機会すらほとんど無かった。恋人どころか、異性の友人すらいなかった。……同性の友人だって少なかっただろう、というツッコミはこの場は無しの方向で。
「じゃあ、細部については渡した資料や契約書を見てもらうとして、この場の話し合いは終了ってことでいいかな」
鈴木副工場長の言葉で、ようやく肩の荷が下りたし水子も冥界に去ってくれたような気がするし、子泣きジジイも笑顔で降りてくれたような気がする。
スーツを着ていなかったし、突然だったし、ほとんど出来レースみたいな感じで単なる顔合わせといった風情ではあったけど、面接は面接だ。緊張した。もうほんと、面接なんて懲り懲りですわ。俺はいわゆる氷河期世代で、就職のための面接で散々苦労して精神的圧迫を受けてきたんだ。もうこれ以上はマジで勘弁。
「では、明日からよろしくね」
席から立ち上がった鈴木副工場長は、ラーメンの麺のようにひょろ長い身長で、まだ座ったままだった俺を見下ろすと、朗らかに言って立ち去って行った。
「それじゃ、私もこれで失礼します。……それにしても、母校の相撲部に男の監督か……とんでもない時代になったもんだなあ……」
亀山マネージャーも立ち上がった。口に出したのは独り言なのだろうから、ぞんざいな口調だった。でもその内容が……男が相撲にかかわるのって、そこまで奇特なことなのかよ、こっちの旭川では。ほんと、マジで元居た日本における女人禁制と逆だぞな。
こっちでは相撲と男っていうのは、そこまで接点が無いものらしい。そんなんで、俺、やっていけるんだろうか?




