25 ラーメン擬人化
まさか、よっぽどヒマなんてこともないだろう。だから、クロハが余程の権力のようなものを持っていると解釈すべきか。細かいことをあれこれ考えても始まらない。どの道、この異世界に放り出されてしまった俺は、生活基盤を築かなければならない。クロハが就職の世話をしてくれるというのなら、それは渡りに船というか、それこそ女神の導きだ。乗っかって行かねば損だ。
んでも、冷静になって状況を鳥瞰してみると、俺ってば、クロハに面倒を見て貰っているというか、クロハが俺の保護者みたいな感じになっていないか?
俺はアラフォーのオッサンだ。昭和の価値観によって教育を受けてきた。だから、男でありながら、自分の半分以下の年齢である女子高生にあれこれ面倒を見て貰うなんて、男としての沽券に関わるってもんだ。
だけど仕方ない。俺は異世界に来たばかりなんだ。カッコつけている場合ではないな。
それに今は昭和じゃない。平成も終わって新たな時代になる。男のくせに云々とか、女のくせにどうこうとか、そういうことを言って古い価値観にしがみついている場合ではないのだ。
早く自立して、ちゃんと稼ぎたい。昨今の日本 (転生してくる前の元々居た世界)では、若者の○○離れ、ということが頻繁に叫ばれている。例えば車離れとか旅行離れとか。大抵はブラック労働による貧困に喘いでいて、お金が乏しく、趣味に勤しむヒマと体力気力が無いだけなのだ。まあ、俺は若者という年齢ではなくなってきてしまったけど、気持ちはもちろん若いつもりだし、社会の歯車として搾取を受けているという立場は同じだったはずだ。
こちらの異世界旭川がどんな世界か、まだ不明瞭な部分はあるが、とにかくお金は必要だ。稼がなければ。その自分で稼いだ金でアニメのフィギュアとか買って自室をフィギュアの館にしたいと切実に思う。まず手始めは、佐賀県を舞台にしたゾンビアニメに出てきた美少女たちのフィギュアを手に入れたい。
呼ばれたのだから、頭の中ではあれこれ考えてちょっとばかり文句を言いながらも、素直にそちらについて行く。目に見えた実利が伴うことなので、わざわざロックぶってそれに逆らうような度胸は無い。小心者と言うなかれ。俺のハートは繊細なのだ。
案内された部屋は、小さめの会議室といった風情の部屋だった。ここも相変わらず、清潔感はあるものの、全体的にどんよりと暗い。地下だから太陽の光は届かないにしても、だったらもうちょっと照明くらいはしっかりした物を使うといいのに、と思う。
てか、地上もどっちにせよ、太陽は出ていなかったような。濃い霧というか、どんより低く雲が垂れ込めているような感じだったけどな。旭川は盆地で、夏は暑くて冬は寒い。極端な気候だ。よく言えば四季の変化がはっきりしていて、それぞれに風情があるんだけど。
室内には、二人、既に人が居た。後から俺とクロハが入ったから、合計四人ということになる。
一人は、銀縁眼鏡をかけた長身のオジサンだった。
オジサンと言っても、その言葉の意味する範囲は漠然として広い。俺だってアラフォーだから世間的には十分にオッサンだ。
室内で待っていた長身のオジサンは、俺の目から見てオジサンということだ。俺よりも年上。細くてひょろひょろという体格のせいもあって、なんとなくラーメンっぽく見える。なんというか、ラーメンを擬人化したオッサンキャラクターを作ったらこんな感じになるだろうと思える。製粉工場だし。
もう一人の人物は、意外なことに若くて茶髪の女性だった。青いオーバーオールを着ているから、作業員なのだろうとは思う。若い女性がこういう現場系の仕事をしているのは、珍しいと言えば珍しい。
そもそも論を言ってしまえば、相撲は女のたしなみ、とか言って女子高生が相撲を取っている方が、俺の (元居た現代日本準拠の)価値観基準から言えば珍しいけどな。
「ようこそ、お越しくださいました。私は、この製麺工場で副工場長を務めております、鈴木と申します」
しわがれた声で、ひょろ長い感じのオジサンが頭を下げた。ハゲを見せつけて……いるわけではないだろうが、頭頂部がウインターアゲインのプロモーションビデオのように寒々しくて寂しかった。
「あ、城崎赤良です。よろしくお願いします」
ほぼ条件反射みたいな感じで俺も頭を下げた。
「私は統括マネージャーという立場で工場の現場作業にあたっています、亀山と申します」
若い女性も頭を下げた。茶髪を後ろでポニーテールに結わえているのが、ぴょこんと揺れた。
「どうぞ、そちらの席におかけください」
銀縁眼鏡のオジサンである鈴木副工場長に促されて、俺は椅子に座る。その隣の椅子にクロハも座る。そういえばクロハは自己紹介も何もせず、だけど自然にこの場所に存在しているな。
「さっそくですが、ウチの工場で働いていただけるということで、詳しい内容の説明と、あと、労働待遇についても説明させていただきます」




