2 旭橋での出会い
世界は真っ白になった。……有名ロックバンドのウインターソングのプロモーションビデオみたいに。
と、思った次の瞬間、というか俺がまばたきをして、目を開けた時には、周囲の景色は変わっていた。
目の前には緑色の太い鉄の柱があった。柱というのはあまり正確な表現ではないな。斜め上に向かってアーチが伸びていて、そこから真っ直ぐ下に何本もの鉄柱が伸びている感じ、……というかこれ、端的に言って鉄橋だ。
俺は今、橋の上に立っている。なんとなく蒸し暑くて、ちょっと頭がぼーっとする。
そもそもこの緑色の鉄橋、見覚えがあるというか、見慣れている感じがする。
これ、旭橋、だよな?
旭橋というのは、北海道旭川市内の国道40号線の橋であり、旭川市の象徴ともされる歴史ある緑色の鉄橋だ。
今、俺が居るのは、深緑色のアーチ鉄骨の外側、つまり車道ではなく歩道部分だった。旭川市内の大動脈たる主要道路の国道40号線なので、車道部分は多くの車両が行き来している。
あ、あれ?
俺、城崎赤良は、死んだはずだったよな? あの世で女神さまに会って、異世界に転生するって言われたはずだ。
ここ、異世界じゃないでしょ。旭橋があるってことは旭川でしょ。普通に車が走っているということは、現代日本でしょ。
その車だって、よく見たら、大体は旭川ナンバーだ。
単純に元の旭川に戻ったんじゃないの? ……と思ったのは一瞬だけ。
俺がトラックにひかれて死んだのは旭橋ではない場所だ。それも、真冬の寒い日にスリップしたトラックにひかれたのだ。
でも今は道路に雪は積もっていない。ブラックアイスバーンでもない。普通に乾いたアスファルトの路面が出ている。
そもそも今は冬ではなさそうだ。アスファルトに負けないくらいどんよりと灰色に曇った空ではあるが、空気は蒸し暑い。コンクリートでしっかりと護岸工事がほどこされた河川敷には、豊かな緑が茂っている。夏、ってことだろうか?
だったら暑いはずだ。だって今の俺は、トラックにひかれて死んだ時と同じ服装をしているのだから。厚手のトレーナーの上に厚めのスカジャンを羽織っている。真冬の旭川で外を出歩くなら、これくらいの格好は普通だ。
ファンタジーな異世界ではなく、現代日本の旭川に戻ってきてしまったらしい。女神さまの手違いだろうか。よく分からないけど、暑いのでとりあえず背中に風神と雷神が刺繍されたスカジャンだけは脱いでおこうかな?
脱ごうとしたその時、背後から声をかけられた。
「ちょっと。あんた、城崎赤良でしょ?」
シロサキアキラとハッキリ言われた。俺を知っている人かな、誰だ? という思いが66パーセント。33パーセントは、どこかで聞き覚えのある声だな、という思いだった。それもつい最近聞いた声だ。俺はアニメに出演している声優が好きで、いわゆる声ブタってやつだ。声にはうるさいんだ。
名前を呼ばれたわけだから、俺の心の中の動きはともかく、反射的に振り向いた。だから、残りの1パーセントがどこに行ったかはウヤムヤになった。
振り向いてみると、そこには17歳くらいと思われる美少女がいた。自転車に跨っているが、女子高生らしいワイシャツにリボンタイとプリーツスカートの制服を着ている。、セミロングの銀髪が微風に揺れている。強い光を宿した瞳は青。日本人離れした容姿。見覚えがある、どころか、服装は違うけどついさっき会っていたはずだよな?
「女神さまじゃないか。なんでここに?」
手違いに気づいて、俺を連れ戻しに来たのだろうか?
「私は女神じゃないわ。名前はクロハ・テルメズ。あなたが転生して来て、相撲部監督になってくれるのを待っていたのよ」
クロハ・テルメズと名乗った美少女は、俺が転生者だってことを把握しているらしい。ただ者ではないことは、この時点で確定だ。でもそれよりも気になるワードを口にしていた。
なんだ? 相撲部監督って?
いや、待てよ。確かあの世で女神さまも、監督になるとかなんとか言っていたような気がする。それって、工事現場の現場監督とか倉庫のピッキング作業の監督とかの話じゃなくて、相撲部の監督だったってことか。さすがにプロ野球の監督とかじゃなかったらしい。
「そういうことだから、さっそく稽古場まで一緒に来て」
「なんだよ。事情の説明も一切無しかよ?」
「説明? そんなもの必要? 必要だったら、稽古場で説明してあげるから、とにかくさっさと行きましょう」
行くと仰るが、その稽古場とやらの場所はどこだよ? 相撲部監督ってことは、大学あたりの相撲部の監督になってくれってことかな?
旭川で大学というと、教育大かな? あるいは医大かもしれないけど、医大に相撲部なんて存在するのかな? まあ他に私大もあるけど、そっちなら相撲部もあるかもしれないな。
……んでも、大学の相撲部の監督に、どうして素人の俺がスカウトされているのか理解不能だけど。
「さ、行くから、早く乗って」
クロハ・テルメズは、自分が跨っているママチャリ自転車の後部の荷台をぽんぽんと叩いて示した。
「へ? そこに座れってこと?」
「そうよ。当たり前でしょ。ここしか乗る場所は無いでしょ」
「いやいやいやいや、ダメでしょ。自転車二人乗りは、警察に捕まっちゃうでしょうが」