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182 辞世の句は元気なうちにあらかじめ考えておくもんだ


 もう、ここまでか。


 俺としても、自分が助かるためにあれこれ努力してみた。だけど上手い方法が無い。「なんも努力してないじゃん」ってツッコミが入りそうではあるけど。


 しょうがない、遺書でも書くか。


 ……って、紙もペンも無いわ。あったとしてもそれも一緒に水の中に沈んだら意味が無いな。そもそも、誰に対して遺書を書くんだ? 両親? ウチは母子家庭やで。しかもこっちの世界に転生して来ちゃったから、母親にも会えないし。遺書を書くにしても弁護士に立ち合ってもらうわけにもいかない状況だ。……って、それは遺産の分与で揉めそうな場合の話か。俺には財産なんて無い。しいて言えば部屋にいっぱい飾ってあるアニメの美少女フィギュアだけど、それだって向こうの世界に残っているもんだから、こっちの世界では無いも同然だ。


 あ、いや、待てよ。ひらめいた。


 単に遺書を書いてもしょうがない。特定の読む人もいない。じゃあ不特定多数に向けた遺書を書かなければならない。不特定多数向けの遺書なんて聞いたこと無い。


 こういう時、不特定多数向けに言葉を残すったら、世界の偉人とか、そんな感じだろう。何か名言とか。ゲーテでいえば「もっと光を」的な。


 でも俺はギョエテとは違って日本人だ。だったら和の心を尊ぶべきだろう。


 辞世の句。


 これだ。


 これなら不特定多数向けの実質的遺書にして、かっこいいのが書ければ歴史に残る名言となって、俺が数十年後に死んだ後もその後もずっとずっと語り継がれることになるだろう。


 いや、数十年後の心配している場合じゃない。氷河期世代は年金を受け取る年齢が引き上げられて後期高齢者の75歳になってからとかになっちゃうんだろうな、とか考えている場合じゃない。


 今。ここで。琵琶湖に沈みかけているんだ。


 改めて見渡してみると、あれ、なんか、湖面が斜めになっているように感じてしまう。


 そんな馬鹿な。ここが異世界で魔族に支配されているとはいっても、基本的な物理法則は地球と異世界ではそのまんま同じはずだ。重力加速度Gは9.8メートル毎秒毎秒のはずだし、美少女JKのはく黒タイツはデニール数で表記するはずだ。たぶん太陽は東から上がって西へ沈むけど、地球が太陽の周りを回っているはず。水面が斜めになることなんて無いはずだ。


 これは、俺が立っている国技館が、やや傾斜しながら沈んでいるようだ。


 やばいよ。


 俺は小学校5年生の頃、なぜか旧日本海軍が好きになって、小学校の図書館に所蔵されていた太平洋戦記の本を借りて読んだものだ。魚雷を食らった軍艦は、次第に浸水して斜めに傾斜し、バランスを取るための注水などの処置は施されるものの、それでも追いつかなくなると、最後には転覆してそのまま海底に沈みゆくのだ。


 ここは国技館だ。注水復原システムなんて無いだろう。あったとしても何の知識も無い俺が扱えるわけがないって。


 そんなことよりも、さっさと辞世の句を考えなければ。時間制限は国技館が沈んで俺が溺れて死ぬまで。


 ええと。


 あれっ。辞世の句って、575だったっけ。それとも57577か。


 575だと俳句だよな。でも俳句だと季語が必要だ。でも今の季節って、なんだろう。凍えるような寒さではないから冬ではないと思うが、季節が分からないと俳句を詠むのも不利だな。


 でも辞世の句が俳句だとしたら、それこそ松尾芭蕉とかが出てくるまでは誰も作れなかったってことにならないだろうか。


 そういえば豊臣秀吉の辞世の句も、短歌だったよな。ナニワのことも夢のまた夢、ってやつ、だったと、おぼろげながら記憶している。


 じゃあ、57577の短歌で考えてみよう。季語も必要ない。


 ええっと。


 氷河期に


 浅き夢見し


 われ独り


 北の軍都で


 おっぱいもみたい


 ああ、なんかイマイチだな。推敲しないと。


 って、そんな場合じゃない。


 辞世の短歌を詠んだのはいいけど、これ、誰かが聞いて後世に伝えてくれないと全く意味が無いぞ。


 っていうか、そもそも論として、俺は辞世の句を詠みたいんじゃない。死にたくないんだ。


 水面が大きく傾く。アカン、国技館が転覆する。


 その時。


「封印に封印をぶつけるのか。憎きコウメイの束縛から解放されるのか」


 女の声が響いた。どこから聞こえたのだろう? まるで、俺の頭の中に直接呼びかけているようだった。


 幻聴か。旭川を舞台にしたミステリーアニメに登場する美人ヒロイン役の声優さんみたいな声だったな。


 死ぬ間際までモテなかったことに未練があるというのが俺の心からの本音なのだろうか? 一度はトラックにひかれて死んだことあるけど、二度目であっても死ぬのは恐いし、こんな理不尽な死に方はイヤだ。


 と、その時、俺は気づいた。既に水位は俺の太腿くらいにまで来ているが、その琵琶湖の水面にぷかぷかと浮いている物がある。白くて円柱形で、いや、少し斜めになっていて、上の方が少し太い。大きさ的には、ビールの中ジョッキよりも少し小さいくらいじゃないかな。



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