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18 相撲部監督に就任しましたが?

 恵水は口を噤んだ。


 あの時、確かに恵は右手で上手を取っていた。だが、俺の肩が恵水の上手の腋の下に入り込んだことにより、力が発揮できなくなっていたのだ。


 仮に、恵水が上手を引きつけたとする。


 すると、どうなるか?


 当然、俺の身体に対して、上方向へのベクトルが発生する。身体が浮き上がる、というわけだ。すると、土俵と足の裏との接地抵抗が小さくなる。つまり、その状態で寄られると、足を踏ん張って耐えるのが難しくなる。寄りだけでなく、投げに耐えるのも難しくなるだろう。


 これが引きつけの効果だ。まわしが上手であっても下手であっても、強力に引きつければ、相手の腰を浮かして、寄ったり投げを打ったりした時に相手が抵抗しにくくなる。


 だがここで。


 上手が肩ごしだった場合、どうか。


 上手を引きつける。すると、上方向のベクトルにより相手の身体が浮き上がる。


 ところが、自分の腋の下に相手の肩が入り込んでいることにより、相手が浮き上がらなくなってしまう。天井がつかえている状態なのだから。


 それに、腋の下の下に相手の肩が入り込んでいるということは、単純に腋が締まっていないという状態になる。大抵どんなスポーツでもそうだが、腋が甘いと、力が出せないものだ。


 実際に肩まで下手を差し込まれて、力を発揮できなくなったことを、恵水本人が一番実感していることだろう。だから反論ができないのだ。


「もろ差し。それも、相手には両上手を与えず、若干横の方に食らいついた体勢の完成だ。これなら、小兵力士対大型力士であっても、十分に戦える」


 俺が現代日本にいた頃にテレビでたまに観た大相撲でも、体格で劣る力士が大柄な外国人力士に勝とうと思ったら、立ち合いの変化のような奇襲を除けば、大体は真っ正面からのぶつかり合いを避けて、横に食いつくような形で有利な体勢を作ることを考えていたはずだ。


「そして、最後の勝負を決めたところだ。ここも、単純に寄り切りで終わらせなかった。俺なりの意図があってのことだぞ」


 いくら有利な体勢を作ったとはいえ、体力に劣る恵水では、そのまま大型力士を寄り切るのは難しいだろう。もろ差しの両下手まわしを引きつけたとしても、寄れるのは土俵際の俵まで、だろう。俵に足がかかったところで耐えられてしまうと、土俵を割るまで持っていくのは難しい。


 もし、力に自信があるなら、土俵際のうっちゃりや突き落としのような逆転技を防ぐ意味でも、吊りもいい。昔は、小兵力士でも怪力を活かして吊りを得意とする人がいた。平成時代の初期に大関を狙っていた頃の霧島が、千代の富士の通算1000勝を阻んだ時の吊り出しなんかは、ユーチューブの動画で繰り返し観たけど、何回観ても飽きないくらい格好良かった。


 言うまでもないことだが、非力な恵水では、吊りなんか無理だ。腰を痛めるだけだろう。一番目の相撲の時は俺が吊りで勝ったけど、そりゃ身長差と力の差があるからできたことだし。


「だから俺は寄った時に、相手が耐えようと前に力をかけるタイミングで、出し投げを打った。きちんと呼吸をはかっていた。この出し投げなら、小兵力士でもできる。相手の力を利用するんだから、相手の圧力が強ければ強いほど、タイミング良く決まれば効果的ですらある。どうだ?」


 ドヤ顔が炸裂した。


 三番目の相撲は完璧だった。自画自賛できる。ただ単純に勝つのではなく、技で勝った。それもフォークリフト乗りの俺らしい、二本差し。いやぁ。自分でもほれぼれするわ。


「うん、これは赤良の言うとおりだと私も思う。今の相撲はきちんと技で勝っていた。メグだって、練習すれば真似できるようになるよ」


 行司を務めたクロハも認めて援護射撃してくれた。


 さすが女神や!


 そして相撲部部長だけあって、見る目も確かだな。


 これで二対一だな。別に選挙でも議会でもないから多数決じゃないけど、俺が監督としての実力を示し、部長がそれを認めたからには、実際に肌を合わせて組み合った佐藤恵水が認めないわけにはいくまいて。


 分厚いレンズの黒縁眼鏡の奥で、深い色を湛えた恵水の瞳に新たな光が灯る。


「……分かったわ。確かに今の一番は、体格が劣って力の弱い力士でも、ワンチャンス巨体力士に勝つことができるかもね。こんなスケベそうなオッサンに負けたのは悔しいけど、我が部に監督という指導者が必要なのは事実だから、認めてあげる」


 いちいち負け惜しみの台詞がウザいことこの上ないが、遂に俺は認められた。


 俺たちの世代では薄いとされる承認欲求を満たした。


 俺の心の中で、嬉しさが満ち潮のようにじわじわとせり上がってくる。


「やっとだ! やっと認めてもらえた! これで俺は相撲部監督になれるんだよね?」


 部員二人の顔色をうかがうと、クロハ部長が大きく頷いてくれた。佐藤恵水副部長は、渋々という表情ではあったけど、小さく頷いてくれた。


「良かったぁああ。なんか、わけわからんうちに異世界とか転生とかなんとかかんとかなって不安だったけど、取りあえず相撲部監督に就任できたから、収入源は確保できたぞ」


「え!」

「えええっ?」



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