表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

179/196

179 琵琶湖に沈んでフナの餌となれ


 じゃぶじゃぶじゃぶじゃぶじゃぶ……


 水は順調に貯まっていく。


 俺の口座の預金は全然貯まって行かないのにな。まるで穴の空いたヒシャクで水を汲んでタンクを満タンにしようとしているようなもんだ。


 足が冷たくなってきた。琵琶湖の水は千島海流の影響を受けて冷たいらしい。って、んなわけないか。


「脱出するぞ!」


 そう。答えはそれしか無い。国技館の沈没は不可避だ。だとしたら、巻き添えになって沈む前に逃げ出すのだ。ほら、船倉のネズミって船が沈没する前に一斉に逃げ出す、って言われているじゃん。俺ら、ネズミ気分だな。


「国技館が沈んじゃったら、魔族に対する封印としてわざわざここまで飛ばしてきた意味が無くなっちゃうんじゃないの?」


 この期に及んでまだ国技館に未練があるかのごとき発言をしたのは細川アリサねーちゃんだ。


「いや、その考えは違うかもしれないぞ。湖の底に沈んでしまったとしても、封印の結界としての効果が無くなるなんて、誰が決めたんだよ。水没していても、国技館が国技館として形を保ってその場にあれば、効果があるかもしれないじゃないか」


「それは希望的観測でしょ。そうなるって保証は無いでしょ」


 あるわけない。人は誰でも不安な時に「保証はあるんですか」って言うけど、大抵のことには保証なんて無いんだ。そもそも保証が欲しいなら保険にでも加入しろよ。例えば、車の事故が起こった時に備えて保証を与えるのは保険会社の役割。ドライバーは事故が起こらないように安全運転をするのが役割だ。保険会社といえども、事故が起こらないことを保証してくれるわけじゃない。


 つまり俺らは、ベストな行動を取るだけだ。


「いいから脱出だ! 文句を言うヤツは置いていくので、勝手に湖の底に沈んで鮒のエサにでもなればいい」


 人間は鮒を捕って鮒寿司にして食べる。鮒は琵琶湖に沈んだ哀れな人間をエサとして食べて肥える。これが自然界における循環、中学校の理科の時間に習った食物連鎖ってやつだな。


 俺は走り出した。明日に向かって……なんてカッコイイもんじゃない。沈み逝く国技館からの脱出だ。


 でも、脱出は任せろ。いざこんなこともあろうかと、ゾンビ映画を幾つも観てきたんだ。佐賀県を舞台にしたゾンビアニメもしっかり観たし聖地巡礼もした。


 俺は階段を駆け上がる。後ろは振り返らない。付いて来ないヤツは放置だ。冷たいようだけど、これが自己責任というものだ。俺ら氷河期世代は自己責任自己責任と言われ続けてきたので、自己責任にかんしては一家言有るぞ。


「おい、六人とも、階段が水で濡れているから、足を滑らせるなよ!」


 後ろを振り返らずに大声で叫んで注意を促す。六人、クロハ・テルメズ、佐藤恵水、永井映観、佐々木沙羅、細川アリサ、細川ヒトミが一人も欠けることなく俺について来てくれていることを、振り返らなくても信じている。


 べちゃべちゃべちゃ! と足音を立てながら俺たちは階段を駆け上がる。階段部分を小さな滝のように水が伝い落ちているので、階段は濡れているのだ。


 走りながらも、俺は思考を巡らす。


 脱出したとして、外は湖だ。どうしようか。


 まさか救命ボートなんか無いだろうし。どうしよう。


 よく考えたら俺はあの有名な映画を視聴していなかった。豪華客船が氷山に衝突して沈没する史実に基づいた大作。あの映画を履修しておけば、こういう時にどうやって生き延びればいいか分かったかもしれないのに。


 大西洋のど真ん中、というほど絶望的な場所ではないけど、日本で一番大きな湖である琵琶湖の真ん中だ。救命ボートも救命胴衣も無い状況で放り出されたら、溺れて死ぬだけだろう。


 ただ。


 溺死を免れる方法が一つ、思い浮かぶっていえば思い浮かぶんだけど。


 魔法だ。


 この国技館は元はといえば旭川西魔法学園の体育館だ。この世界の人間は、というか魔族もだけど、魔法を使えるのだ。


 だから、魔法を使えば、例えば空を飛んで湖面を飛び越えて陸地に着地すれば、なんとかなるだろう。


 でも、魔法を使うと激しく消耗してしまって、その後はしばらく戦力として使い物にならなくなってしまう。それに、俺ら相撲要員以外は、国技館を飛ばすにあたって、飛翔と防御で既に魔法を酷使しているんじゃなかったっけ?


 それ以前の大問題として、俺はこことは違う現実世界からの転生者だから魔法を使えない。


 俺だけ溺死とか……


 一瞬、嫌な想像が脳裏を過ぎった。


 そんなことを考えちゃダメだ。


 いざという時には、クロハあたりが、魔法で空を飛ぶついでに俺も一緒に抱えて陸まで到達してくれるだろう。


 ……そうだ、魔法を使うにしても、一人で自分だけが飛ぶなんていう非効率なことをする必要は無いだろう。一人が魔法を使って飛ぶと同時に、もう一人を抱えて一緒に飛べばいいんだ。


 そういえば、東神楽高校相撲部の奴らもその方法を使っていたじゃないか。岩野夏風と木村琴座だったっけ。琴座と書いてヴェガと読む典型的キラキラネーム。


 その手法を使えば、魔法を使えない俺でも琵琶湖のもずく酢と消えずに無事に乾いた陸地に降り立つことができるかも。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ