16 三度目の正直or二度あることは三度ある
相手にとって得意な技、力を出せるような体勢、といったものを未然に防ぐ。観客に魅せるプロレスとは逆の哲学かもしれないが、相撲で勝つためにはこれが近道だ。相撲に限らず、どんなスポーツでもそうだけど。
万全の体勢を作ったところで、俺は両下手を引きつけて、自分の頭を相手の顎の下につける。
恵水の上体が起きて、腰が伸びる。立ち合いの時の低い前傾姿勢というアドバンテージは、今はもう喪われている。
圧倒的に自分に有利な体勢を活かして、前に出た。
体勢の悪い恵水は、当然下がる。
あっという間に土俵際だった。それでも恵水は土俵の俵に踵を乗せて、踏ん張って耐えた。
今の体勢の俺にとっては、更にちょっと力を加えれば、簡単に寄り切ることができるだろう。あるいは、両下手から吊ってもいい。恵水はここに至ってもまだまわしに手が届いていない。
だが俺はあえて、そこで簡単には勝たなかった。
なぜなら、その場で寄り切ってしまうと、また後で「力で勝った」と言われてしまうからだ。
相撲における、寄り切り、という技は、ある意味で最も強い勝ち方だ。
歴代の強い横綱は、いずれも寄りを得意にしていた。
投げで勝つ相撲よりも派手さは無いが、寄りで勝つ相撲の方が文字通り地に足の着いた強さがあるのだ。
強くなければ、寄りでは勝てない。
逆に言うと、寄りで勝ってしまうと、それは強いからだと言われてしまう。その状況は、現状の俺にとっては良くないことだ。
力の強さではなく、技で勝つことが必須。
なので、俺は一旦、力を緩めた。二人は組み合ったまま、土俵際で動きを止める。恵水が大きく息をついて、更に吸うのが聞こえた。俺も呼吸を整える。
また引きつけて寄る。俵までは寄せることができるが、あくまでもそこで勝負を決めない。相手の恵水が足の裏で俵を噛んで耐える。
力を緩める。土俵際に位置したまま、二人の動きが再び止まる。
よし、次で決めてやる。
三度目の正直で、力を入れて寄る。少し下がった恵水は、それでも俵に足の裏を乗せて、踏ん張る。
今だ!
俺が前に押せば、恵水はそれに耐えるために反対の力のベクトルを発生させる。そのベクトルに便乗するように、俺は深く差した左下手から投げを打った。
ただの投げではない。同時に、俺は体を開いて右足を引いた。右の下手も咄嗟に離した。
引きずるような格好になった。
俺の寄りに耐えるために前に向かって踏ん張った恵水の力をそのまま利用したのである。つっかえ棒が外されたようなもので、恵水は前につんのめるようにして、土俵にばったりと倒れた。
「勝負あり!」
行司のこの声を聞いたのって三度目だっけか。本当なら一回目の時点で終わりにしていても良かったはずだが、これで三度目の正直であり、かつ、二度あることは三度あるで、俺の三連勝となった。
決まり手は、左からの下手出し投げだ。
土俵に這った佐藤恵水は、すぐに立ち上がって、東方に戻った。
恵水は頭を下げた。俺も一緒に頭を下げる。礼に始まり礼に終わる。どんなスポーツでも当たり前だが、それは異世界の相撲でも同じだ。
「どうだ、今の俺の相撲は。完璧だっただろう」
土俵から降りた俺は、ラーメン屋店主のように胸の前で腕組みをして、ドヤ顔で胸を張った。
勝負に勝った。それだけではなく、内容も文句のつけようもないはずだ。
「うん、私も行司として見ていたけど、今の城崎赤良の相撲は良かった。だから彼を相撲部監督に任命してもいいと思うんだけど。メグ、納得してくれた?」
メグ、と呼ばれた佐藤恵水は、土俵から降りて、こちらも黒っぽいレオタードの胸の前で腕組みをして考え込んでいた。女子高生らしいそれなりに可愛らしい顔をしているのに、難しい渋い表情をしている。
「なんだよ恵水。まだ納得できないのか?」
その恵水は、難しい顔のまま、無言を貫いた。
恐らく本人も分かっているのだ。今の俺の勝ち方、力とか身体の大きさで圧倒して勝ったんじゃない。技で勝ったのだ。もし仮に俺の方が体格が劣って力が下だったとしても、今の取り方なら勝てる。
恵水は、自分の荷物を置いてある場所に戻り、眼鏡をかけた。
そうだった。思い出した。恵水は眼鏡っ娘だったのだ。
特にオタクコンテンツに於いては眼鏡っ娘の眼鏡を特にこれといった理由も無く外す行為は厳禁とされている。メガネマニアの反感を買うだけなのだ。だけど、戦車同士の戦いの中でダメージを受けてメガネが割れてしまったため外した、とかなら一応許される。………………らしい。
別に俺はメガネ萌えでもなんでもない。眼鏡なんて、あくまでも視力矯正のための道具でしかない。あるいは、芸能人なんかだと変装のために眼鏡をかけることもあるのかもしれない。恵水の場合は、あまりおしゃれでもない単純な黒縁眼鏡なので、ファッション性を追求してのものではなく、本当に純粋に視力矯正のための眼鏡なのだろう。