149 隗より始めよ
しかしそれにしても、なぜよりによって旭川が先陣を切って魔族に特攻して行く必要があるのだろうか? 旭川が自主的に決めたということなのだろうか? それって他の都市艦からの同調圧力があって強制されたんじゃないだろうかな?
「みなさんの中には、『何も旭川が先陣を切らなくてもいいじゃないか』と思う人もいるかもしれません」
大須賀氏は俺の心を読んでいるのか? というか、聴衆が大須賀氏の言葉を聞いてどういう思いを抱くか、ということをきちんと想定してスピーチの内容を考えてあるのか。事前にきっちり準備しているということだ。アジテーターとしてはやはり優秀な部類なのかもしれないな。
「ここで、少し話は脱線しますが、みなさんは、旭川市の由来というか歴史をご存知でしょうか? どういう街であるか、承知しておられますでしょうか? 街の種類には、例えば、城下町、門前町、宿場町などがあるということは学校でも習いますのでご存知のことだと思います。旭川はどういった性格の町であるか、ということです」
ここで大須賀氏は言葉を切った。館内の誰かが答えを返すことを期待していたのかどうかは分からないが、誰も何も言わない。行儀が良いといえばそうなのかもしれないが、たぶん誰も答えが分からないのだろう。
「旭川は、言うなれば軍都です。元々は屯田兵によって拓かれた町です。屯田兵というのは、北海道民のみなさんなら当然ご存知のように、平時は田んぼを耕して農業をして、いざという時には兵士として戦います。北海道ですから、いつ北からロシア帝国が攻め込んで来るか分からない。北の守り、つまり北鎮の要として発展したのが旭川です」
……まあ、正直なところ、そのへんについては、俺は知っていた。俺は生粋の旭川市民で、旭川を愛しているからな。自分の住む町の歴史の概要くらいは知っていて当然なのだ。
「軍都旭川には、第七と漢字で書いて、だいしち、と読みますが、第七師団が置かれました。この第七師団は、いざ日本の危機という時には、真っ先に先頭に立って戦う宿命を背負っていました。例えば日露戦争の時には、かの有名な二〇三高地の攻略戦にも参加しています。そして太平洋戦争の時には、北の最前線であるアリューシャン列島のアッツ島やキスカ島にも部隊を派遣しています。それだけではなく、南の最前線である、かの有名なガダルカナル島で奮闘していたのも、旭川の部隊である第七師団の兵士たちだったのです。戦史に詳しい方ならご存知でしょうが、一木支隊という精鋭部隊がガダルカナル島で激しく戦いましたが、旭川から南へ向かった部隊なのです。北も南も、常に最前線に立って戦ってきた。それこそが旭川の誇りです。さあ、今度は我々が後に続く番だと思いませんか?」
なるほど。だから旭川が先陣を切って日本本土に突入する、と繋げるわけか。歴史的経緯を考えれば、良く言えば最も勇猛な一番槍だけど、悪く言えば一番過酷な所に行かされてコキ使われているんだけどな。
「民族というのは、国土があって初めて、安心して暮らすことができます。歴史の中でユダヤ人やクルド人などが、国を持たない民族として苦難を強いられてきたのを、私たちは見ています。そして今、私たちがその立場になっています。まあ、都市艦があるから、まだマシな状態ですが、それでもやはり、父祖の地である日本本土を取り戻したい。それは願望というよりも本能に近いものです。我々日本人が日本列島という国土を求めているのと同時に、日本列島もまた、本来の住人である我々日本人が戻ってくるのを求めているのです。お互いに磁石のように引かれ合っているのです」
次第に演説に熱が入ってきたのか、大須賀氏は体を左右に揺らし、ヘドバンみたいに頭を前後に振る動作がいくつか出てきた。……あー、それヤバいやつだぞ。やめた方がいいぞ。あんたの頭の上に載っている黒い頭髪は、あんたの頭皮から生えてきたものじゃないはずだぞ。天然物ではなく、言うなれば養殖物というか……この忠告はアンタのために言ってやっているんだぜ。……いや、心の中で思っているだけで実際には言っていないけどな。
「まずは隗より始めよ、と言います。それほど優秀でない者を優遇したら優秀な者が集まるようになった、という意味の故事です。第七師団の後裔ではあるけど、人口はあくまでも30万人というだけの小さな町である旭川が、まず始めれば、地球上の海に散っている都市艦が、皆、後に続いて立ち上がるはずです。そうなるようにするのです。我々旭川が、そうさせるのです! 我々30万人が呼び水となって、1億人を総特攻の火の玉とするのです!」
大須賀氏は唾を飛ばして熱弁する。といっても大須賀氏のすぐ近くに人がいるわけではないから唾が飛んでも問題は無い。