145 ヘイトスピーチには同調したくない
マイクの前に立った大須賀氏は、大勢の人前で喋ることにも慣れているのだろう。落ち着いたようすで、手許の紙に視線を落として、順調な滑舌でしゃべる。
「手元の資料で確認しましたところ、旭川市製麺工場、上川地区信用組合、旭川コロモペット自動車販売、藤台形石油、コロモ部品旭川共販、財団法人大須賀教育振興財団、財団法人上川信育英会、社団法人旭川地域安全運転管理者協議会、財団法人道北地区暴力追放推進センター、旭川北鎮協会、第七自衛隊除隊者雇用協議会、上川総合振興局公平委員会、財団法人国際都市旭川市国際交流協会、旭川市スウェーデンダーラナ県モーラ市友好交流協会、旭川地域広域中小企業団体中央会、政令指定旭川市行政改革推進懇談会、の方々にお集まりいただいております」
よどみなくスラスラ言ってはいるけど、自分でも紙を見ながらでなければ列挙できないったら、すげぇ数だな。大須賀氏ってむちゃくちゃ多くの企業などで役員や理事とかといった名誉職に就いているらしい。肩書きがそれだけ多いってことだ。偉い人なんだろうけど、今、企業名を列挙したのは、来た人へのお礼というよりは、自分がそれだけの多くの企業の役員を務めているんだぞという見せびらかしというか、ひけらかしなんじゃないだろうか。
……でも、こんんだけエラい人だったら、まず旭川市内の人は誰も大須賀氏に逆らえないだろうなあ。ヤツの正体を知らない限りは。
「さて、みなさまご承知の通り、昨日のことですが、わたくしが役員として名を連ねております、旭川市製麺工場で、爆発事故がありました。これは、一見すると事故のようではありますが、原因は魔族による爆破テロ事件であるということが判明しております」
会場内が少しざわついた。単なる事故ではなく事件だということを初めて聞いた人もいるのだろう。
「現場が混乱していることもありまして、被害の程度はいまだ正確には把握できておりませんが、多数の怪我人が出ているようです。魔族による卑劣なテロは、許されざる行為です。そもそも、我が国日本の国土を奪っておきながら、更に緊急避難先である都市艦にまで攻撃を仕掛けてくるとは、言語道断であります。不倶戴天という言葉がありますが、まさに、魔族と日本人とは、相容れることのない存在なのだと、改めて思い知らされる出来事だったと思います」
大須賀氏は強い口調で言う。魔族をヘイトの対象にしたヘイトスピーチだな、こりゃ。
……といっても、実際に日本の国土を蹂躙された相手っていうことじゃ、魔族を擁護するようなヤツは居ないだろう。恐らくこの会議室に集まっている人々のほぼ100パーセントが大須賀氏の論を支持しているはずだ。
正直言って、こういうノリは恐いよなあ。
なんというのか、戦前の日本が鬼畜米英とか言ってアメリカやイギリスにヘイトを募らせて戦争へ突っ走って行って、誰もそれに異を唱えることができなくなった状態に似ているというか。
みんなで心を一つに合わせて同じ目標に向かって邁進して行く、というのは、スポ根マンガとかだと感動する展開かもしれない。だけど、現実はそう単純に割り切れるものじゃないと思う。
俺がそういうノリに対して慎重なのは、学生時代の経験に基づいている。中学時代や高校時代もそうだったけど、体育会系のブラック部活で、「勝利に向かってみんなで頑張ろう!」みたいなきれいなスローガンを掲げて熱血ごっこを表向きはやっている裏では、メンバー同士の間では「アイツはチームの意向を無視して個人プレーに走ってムカツク」みたいないがみ合いが普通に横行しているのを、俺は見てきた。
あるいは、体育祭や文化祭のようなイベントに向けてクラスが一致団結する必要がある時。「俺たちはみんな仲間だ!」とか「クラス全員で一つだ!」みたいなノリ。他の思想とか多様性を一切認めない空気。俺は体力はそれなりにあったけど、不器用なので、球技は苦手だった。そんな俺にとっては球技大会が憂鬱だった。明らかに俺がクラスの足を引っ張るのが目に見えていたからな。そして実際に足を引っ張って非常に肩身の狭い思いをしたもんだ。
そうそう。思い出した。小学生の時に、クラス対抗大縄跳びってのをやったな。クラス全員が参加して、縄跳びを跳ぶやつ。あれって最後は誰か一人の失敗で終わるから、失敗したヤツがA級戦犯扱いされるのがほぼ確定しているクソゲーだぞな。まあ、俺は球技は苦手だけど体力自体はそこそこあったから、縄跳び自体はそんなに苦手じゃなかった。でも、クラスの中で運動が苦手な女の子がいて、練習の時には毎回必ずその子が失敗していて、みんなから白い目で見られていた。あれはさすがに可哀想だった。授業が終わった後も、帰宅することも許されず、全員が残って練習させられたっけ。苦い思い出だ。
で、本番の時は、運動が苦手な女の子ではなく俺がミスしてしまって、あっさりクラスの挑戦は終わってしまった。それまではみんなで心を一つに合わせて、みたいなきれいな合言葉を旗印にしていたのに、俺がしょぼいミスをしたとたんに、クラスのほぼ全員が俺を口汚く罵って責めてきた。そんなマインドなのに、何がみんなで心を一つに合わせて、だろうかと思ったね。