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105 マズイとウマイ、ご注文はどっち?


 そうだった。


 一人で自己完結して自分のレゾンデートルみたいのを見つけたなんつってハイテンションになっている場合じゃなかったわ。


 現実は渋い。


 部屋の中に戻って、というよりは、引きこもり直して、貰った羽二重餅をぱくりと頬張った。


 ああ、この柔らかさ。クセになるな。


 ほんのりとした控えめな甘味も良い。


 渋いお茶がほしいところだが、さっきも出すお茶も無いと考えた通り、お茶は無い。まあ、お茶を用意するのは、身の安全が確保されてから後日の問題だろう。


 お茶が無くたって、羽二重餅はウマイ。


 幸せだ。


 ……と、一瞬思って、俺は思考の自己矛盾に気づいて苦笑する。


 俺は今、氷河期ロストジェネレーションとして世知辛い現実を生きた果てにトラックに轢かれて死んでしまい、異世界に転生してきて、来たと思ったら今度は魔族と通じているとスパイの冤罪をかけられかけているという危機の境遇なのだ。幸せなはずがない。


 幸せとか不幸とかって、何なんだろう?


 液体の酸性アルカリ性を示すpHのように、どこかに中間点があって、そこからどちらか片方に天秤が振れたら、その色で幸不幸に感じるのだろうか?


 でもそれだとしたら、俺の今の境遇は圧倒的に不幸だよな。異世界に転生したんなら、せめてチート能力を付与してほしかったし、それが無かったとしても、美少女にモテモテになってハーレム展開くらいのご褒美があってもいいんじゃないの?


 羽二重餅を貰って食べて旨くて、ちょっと幸せ、程度だけでは不幸は完全にはpH7の中性までには中和されない。……ってことは、その時に感じる短期的な幸せとか不幸とかの感情は、その瞬間にどっち側にベクトルが向いているか、次第なのかな?


 ……って、幸福論について思考している場合じゃないか。今の俺はベクトルは大きくは下向きだ。


 ピンポーン。


 でも、浮上する手段も思いつかない。まあ、それでも羽二重餅は旨い。和菓子っていいよな。ジジイババアしか食べないイメージもあるけど、良いものは良い。


 ピンポーン。


 手段が無い。そんな中で一軒家に引き籠もっていても、時間稼ぎにしかならない。籠城戦だ。でも戦国時代とかの籠城戦は、援軍が来るというアテがあって初めて成り立つものだ。今の俺には援軍が来るわけでもない。時間を稼いだとしても、その時間が俺に利するわけじゃない。


 あの青い車の女魔族なら、どこかへ逃亡しているかもしれない。でも、俺はどうだろうか?


 時間が経てば経つほど、あの女に関する情報も広まって、俺が共犯のスパイだという情報が拡散してしまうかも。


 援軍は来てくれないし。


 ピンポーン。


 いや待てよ。俺があの女と一緒に居たスパイだ、という不利な情報が拡散する前に、何か偽の情報が出回ればいいんじゃないのか? SNSなんかでも、正しい情報よりもデマの方が出回りやすいというし。そもそもの話、俺はスパイではない。たまたまあの女に車で送ってもらって一軒家を世話してもらっただけだ。俺がスパイである、という情報の方こそがデマだ。


 だから、そのデマを打ち消すためのデマを流すことに罪悪感を抱く必要は無い、はずだ。そもそも自分自身の身を護るためなんだから、手段を選んではいられない。わざわざプロレスラーに喧嘩を売る必要が無いのと同じように。


 ピンポンピンポンピンポンドンドンドンドンドンドン!!!!!


 なんだ、うるさいな。ピンポンダッシュか?


 いや、違うか。ピンポンダッシュなら、僧が月下の門を敲くようにドンドンと扉を叩いたりはしない。


 とりあえず魚眼レンズを覗いてみた。


 そこにいたのは、、、、、


「め、ぐみ?」


 魚眼レンズには、ボワーンとヘンな顔になって目と鼻が妙にイビツに巨大化されているけど、間違いなく佐藤恵水だった。


「さっきは二階堂さんかと思ったら今度は恵水かよ! こんな時間になにしに来ているんだ?」


 と言いつつ、もうすっかり暗く成りつつある屋外に女子高生一人を突っ立たせておくわけにもいかないので、俺はすぐに扉を開けた。


「城崎監督、こんばんは」


「いや、挨拶は別にいいから。こんな時間に、何しに来たの?」


「部長に頼まれて来たんです。城崎監督は一軒家に入ったとはいっても、経済基盤もまだ不安定で、ラーメンばかり食べて栄養が偏るだろうから、栄養調整できるサプリメント的な物を差し入れてあげて、って言われたんです」


 ほう。クロハの奴。ああ見えてさすがは慈悲深き女神さま。俺の健康を心配してくれているらしい。


「それで、何を持ってきてくれたの?」


 佐藤恵水は右手に紙袋を持っていた。それを俺に手渡してくれる。


「粉末をコップ一杯の水に解いて飲むだけです。マズイことで有名な青汁です」


「…………」


 なんじゃそりゃ。なんでわざわざそんな微妙なものを持ってくるんだよ。どうせならマズイやつではなく美味しい青汁の方が良かった。だってそりゃ、栄養効能が同じなら、マズイよりはウマイほうがいいじゃん。


「なに? クロハの奴が、マズイ青汁を持って行けって言っていたの?」


 あいつ、もしや俺に対するイヤガラセ攻撃か?



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