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Lycoris radiata  作者: 緋泉ちるは
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エリアボス

 どうやらあれはフラグだったらしい。


 カーンカーンと金属音が響いた。警報の合図だ。


 「ミナモ様、広場で問題があったようです」


 その割に落ち着いた口調でモカがお昼寝を堪能中の私の所にやってきた。


 「ん、すぐ行く」


 上着を羽織り、広場に向かうと。


 柵の向こうから柵を飛び越えてくる警護組の姿が映った。


 緊急時のみ蔓を櫓に引っ掛け飛び越えることを許している。つまりこの状態は何かあったということだ。


 「全員無事?」


 「はい、一緒に警護に当たっていた狼兵士達も帰還しました」


 集団生活を行う上で幾つかルールを設けた。


 一つ 仲間を見捨てない


 一つ 無暗に争いは起こさない


 一つ 差別をしない


 一つ 食事は平等に


 いつの間にか私を敬うというルールが勝手に追加されていたがそれは置いておく。


 村の人はルールをしっかりと守ってくれている。一応罰則は用意したが、今のところ使ったことはない。


 最初のルール通り、蔓で柵を超えられない狼兵士は蔓を使える者に抱えられて避難できたようだ。


 「それで、何かあった?」


 息を切らしていた警護組の一人が落ち着きを取り戻したのか、ふり絞るように声を出した。


 「エ、エリアボスが出現しました!」


 話を聞いていた村人に動揺が走る。


 エリアボスとはこの大森林に存在する上位個体の魔物であり、縄張り意識が高い極めて危険な存在だ。

 しかし、妙だ。


 縄張り意識が高いというのは、逆に縄張りさえ荒らさなければ遭遇する可能性が低いということ。


 この近辺にエリアボスはいないはずなのはこの数年で把握している。新しい個体が生まれたというのか?


 しかし、新しく生まれたとしても所詮は赤子のようなもの危険はあるものの警護組でどうにかできる範疇であるはずだ。


 「遠目で確認したところ、どうやらエリアボスは人間を追っているようです。個体はロッククラブだと思われます」


 「なるほど。山岳を通ろうとして襲われて逃げてきた感じかな。わかった、人間の動向も気になるし私が行ってくる」


 私の意見に反対する者はいない。


 「それなら、私もいきます」


 続くようにモカが名乗りをあげた。


 「お願い。では、ココアとラテは警護組を指揮し防衛に備え、フラットは村の皆を頼むね」


 「「「はい!」」」


 「エリアボスの襲撃は何があるかわからない。万事に備えなさい。最悪村を放置しても構わない、その代わり誰も死ぬことは許しません。各自行動に移れ!」


 「はい!」


 ココアとラテは警護組を三つに分けた。


 ココア組とラテ組、そして狼戦士の称号を得たアール組の三つ。


 フラットは子供をあやしつつ安全の高い南門の方へと人々を誘導していく。


 突然な事態にも各々が役割を果たしてる姿は安心できる。ここは任せて私たちはロッククラブの元へ向かう事にした。




 私とモカがロッククラブの元へと向かうと、何故かステラまでついてきた。


 「ご馳走の気配がするからね!美味しい物を食べさせるのが私の仕事さ!」


 あはは…これは頼もしい。


 両手に包丁を握り、やる気は十分のようで肩をぐるぐると回している。


 「ミナモさま…前方に目標確認」


 村から10分ほど走ったところにソレは居た。


 ロッククラブはクラブと呼ばれているが、見た目はヤドカリだ。


 貝の代わりに大きな岩を背負っていて、右手はシャコのようなハンマー状で左手はカニのような鋏になっている。


 足の一本一本も鋭く尖り鉄の鎧をも簡単に貫けそうだ。


 今は襲った人間を捕食しているようで、バリバリと右手で骨を砕き、左手で四肢を切断し、器用にも鋏で掴み咀嚼している。


 ぐろい…。この世界に生まれ、生き物の生死には慣れたつもりでいた。


 それでも、目の前にいる元人間であったものの残骸は胃から酸っぱいものが込み上げそうになる。


 「モカ大丈夫?」


 同じように観察しているモカを見てみると、いつもの顔でその状況をみている。


 「今のところ、弱点は見当たりません」


 冷静で何よりだ。


 「ステラ」


 「んー。思ったよりも食べれそうなところは少なそうね」


 こっちも大丈夫そうだ。


 二人の状態は良好。


 (精霊さんロッククラブの情報貰える?)


 <喜んで! ロッククラブは全身が武器といえるほど凶悪な見た目をしておりますが、本当に厄介なのはその硬さです。背中の岩は勿論のこと、全身を覆う甲殻は鉄以上を誇ります。唯一、腹の部分は甲殻に覆われていないためそこには攻撃は有効です。弱点は火です>


 補足を入れると、ロッククラブの甲殻には鉄が含まれているとのこと、ロッククラブの主食は岩石で中に含まれる鉄を全身に回している。そのため、熱を通しやすい火は有効らしい。


 「作戦を伝えます。ロッククラブが退散するようなら放置。村の方へと進行するのなら撃退。戦闘になった場合は、モカは私とステラの援護、回復。ステラは隙をみて安全マージンを確保できた場合は攻撃。私が足止めと隙を見て攻撃を」


 二人は私の指示に頷く。


 出来ることなら戦闘は避けたい。


 暫く観察すると、ロッククラブ食事を終えたのか屈みこんだ体を起こした。


 まだ、私たちには気づいていない。


 ロッククラブが山のある方角へと体を向け、進みだした。


 一安心。一同、息を吐く。


 「去るみたいね。それなら私たちも戻りー…」


 ズシンッ。


 重く、鈍い音が森に響き、鳥たちが一斉に飛び立つ。


 ロッククラブが一本の木にシャコパンチを放っていた。その一撃に耐え切れず、一本の木がゆっくりと倒れる。


 木が倒れると、葉の部分から子供が転がり出てきた。


 子供は全身を打ったのか横たわったまま動かない。ロッククラブは山に帰るのではなく、初めからその子供を狙っていたようだ。


 「モカ、ステラ! 救助にはいる!」


 私が駆けだすと、二人も後に続いた。


 距離が離れていたせいで、このままでは子供を助けるのは間に合わない。


 「狐火!」

 森の中、しかも遠距離では広範囲の火を扱うと自然に大損害を与える。下手すればこの火が広範囲を焼き尽くす恐れがあるからだ。


 意識を絞り、掌サイズの炎をロッククラブに放つ。


 その炎はロッククラブの背負う岩に当たりすぐに消えた。ロッククラブの目玉がこちらを向き、視線が交差する。


 まずは、私達を認識させ子供から意識を逸らす事には成功したようだ。


 ただし、威力を絞った炎では火傷一つ負っていない。姿を見られていなかった状態での奇襲としては失敗だろう。


 けど、今はそれでいい。


 子供を助け、最終的には無事にロッククラブを倒せば私たちの勝利なのだから。


 私たちの初めてのエリアボスとの戦いが幕を開けた。




 「モカは先に子供の安否を確認し、安全を確保したのち合流。ステラは予定通り隙を見て攻撃しなさい」


 モカは頷くと。木の中へと溶ける。


 モカが妖樹狼に進化したときに手に入れた。スキル【森移動】だ。


 モカは植物をあらゆる形で利用できる。森移動は生命力を持つ木ならば、一定の範囲内であれば木と木の間を移動できるスキルだ。


 ダークウルフが使う、影移動に似たスキルではあるが、汎用性としては劣化版といえる。


 しかし、森の中では範囲内であれば、木のどこからでも出現できるので、影限定の影移動に比べれば性能は上だろう。


 モカは森移動ですぐに子供の所に辿り着くと、子供を抱え姿をくらます。


 その間にロッククラブは巨体に似合わない速度で肉薄を迫ってきた。


 近づくにつれ、ロッククラブは予想以上に大きい事に驚いた。


 岩の部分を含めれば高さは4メートル超。両腕の長さも多関節になっているためわかりにくかったが、真っすぐ伸ばせば2メートルを超えそうだ。捕食時には収納していたのか、その全貌を明らかになった今、改めて強敵と認識した。


 〈主人様、攻撃全てが致命傷になる恐れがあるため、ご注意を〉


 (わかった。危なくなったらサポートお願い)


 スキル使用。


 高速思考、魔力感知、肉体強化。


 高速思考を使用すると、目に移る全てがゆっくりと流れる。


 成長したのはモカやココア達だけではない。私の尻尾は4本まで増えている。


 それに伴い、魔力は上昇し、スキルもグレードアップに成功していた。


 ファーストコンタクト。


 ロッククラブの左腕が赤く見える。


 狐族として生まれたときから備わっていた危険察知が働いた。アラートが脳内に響く、あれは危険だと。


 高速思考と危険察知を併用し、ロッククラブのシャコパンチが放たれる瞬間を見計らい、サイドステップでロッククラブの右手側に回り込む。


 パンッ。


 全てを粉砕する一撃が私が居た場所へと放たれた。間一髪、コンマの世界遅れれば私はこの世から消えたいただろう。


 高速思考でも追えきれないパンチ。しかしその反動で腕が伸び隙だらけだ。


 「狐火…っく!」


 カウンターの如くスキルを放とうとした時、強烈な衝撃が体を襲う。


 〈ロッククラブの一撃は音速を超え衝撃波が生まれたようです〉


 脳を揺さぶられたか、視界が歪みバランスが崩れる。


 「魔力感知!」


 咄嗟の判断で魔力感知を使用、イメージとしてはドーム状のフィールドが展開される。


 これならば、視界に頼らなくても敵の位置、自分の状態が客観的にも主観的にも脳内に映像を流すことが出来る。


 普通に使用するならばどちらかの映像しか読み取れない。精霊が私の脳となり共有してくれているからこそできる芸当だ。


 映像を読み取るとロッククラブは右手を振り上げ、私に振り落とそうとしていた。


 (まずい!)


 転がるように、その右手を避け追撃を受けない様に起き上がる。


 衝撃波の影響は視界はどうにかなるものの、脳を揺さぶられた影響は残っている。


 幸いにもシャコパンチは連続して繰り出せないようで、右手のみで攻撃を繰り出してくる。


 シャコパンチ以外の攻撃であれば、対処は容易だ。見てから判断しても回避できる。


 暫くは、回避に専念し攻撃パターンのと射程距離を見極める。


 脳のダメージも治まり始めた。


 「よし、反撃開始」


 低い姿勢でロッククラブに接近する。それを潰そうと、左手を高く掲げ私めがけて振り下ろす。


 勢いそのまま前方に前回りするように潜り抜け、ロッククラブの懐へ飛び込むと、ゴブリンから入手した数少ない鉄製の武器、ショートソードを腹部に叩きこむ。


 「うそでしょ!?」


 ボロボロだったショートソードは手入れは念入りに行い、新品には届かないがそれなりに切れ味を磨いたつもりだ。


 腹部は甲殻に覆われていないので簡単に切り裂けるつもりでいた、しかしその予想は虚しく、金属同士がぶつかる高い音ともにショートソードは弾かれた。


 その瞬間、ロッククラブの巨体が浮き上がる。


 両腕を地面にぶつけ、体を持ち上がらせていた。


 鋭い多脚が串刺しにしようと私に降り注ぐ槍のように伸びる。


 多数の足の軌道を予測し、安置へと体を動かし巨体を支えきれずに地に降りる瞬間を見計らいロッククラブと距離をとる。


 私と入れ違うように、ステラが木の上から飛び出した。

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