王妃は今日も国王陛下を愛してる
国王陛下は私に嘘をつきました。
公爵令嬢だった私の後押しでそれまで王太子だった第二王子を跳ね除け、王太子、国王へと上り詰めたというのに、一緒に過ごすうちに高らかに宣言した約束をあっさりと反故にした。
今、貴方が何をしたいかなんて、すべてお見通しよ。
王妃は口元を隠して目を細める。
口元を隠して考えごとをするのは王妃の昔からの癖だ。
王座に二人並んで座るも、その距離はどこか遠い。
この時間が過ぎれば一言も交わさず、国王は席を立つのだろう。
痴れ者め。
国王をそう思っているのは王妃だけである。
国王は過去に王太子であった第二王子と比較されて、賢王であると人々から言われるが、その全てが国王の力ではなかった。
秀才ではあるが、天才ではない国王の穴埋めは王妃が担っている。
周りの家臣も国王ではなく、むしろ王妃を慕っていた者たちであり、国王も昔はその中の一人であった。
それなのに、何故国王だけが離れてしまったのか。
原因は恋の期限切れと嫉妬にあった。
恋はいいことばかりではない。どうしても二人だけで過ごせば、心の隙間にが出てくる。
国王にとっては天才的な王妃に対する嫉妬がそれに拍車をかけていた。
隣に立っているのに、どうしても追いつくことができず、頭のいい王妃に操られているような気がしてならなかったのだ。
他の家臣は王妃を手の届かないものとして崇拝して、今もなおその思いを保ってるが、国王にとっては限界だった。
国王は婚約時に王妃を唯一の妻として愛すると誓いながら、愛妾を作った。
そして、あろう事か愛妾との間に子どもをもうけ、今はどうやってその愛妾を側室に、男児である子どもを王位継承権を授けるか、考えている。
知っているのよ。
王妃の細めた目が王を捉えている。
さぁ、どうしてやろうか。
実際、それを良しと思う輩もいる。
何故なら、私と国王の間には姫は二人いるが、王子は一人しかいない。
あと一人スペアが欲しいと言うことだ。馬鹿馬鹿しい。
あれだけ王位継承で一悶着を起こしたというのに、国王の頭は海綿体ででもできているのだろうか。
血は争えないというか、これでは女にうつつを抜かした王弟と変わらぬ。
王妃もあと一人王子が欲しかったが、どんなに美しい容姿のままであっても、国王は王妃を抱くことは無いだろう。
唯一の王族である王弟は男色家と名高い帝国の皇帝に貢いでしまったし、子は望めない。
と、まぁ、王妃も少しは追い詰められてはいるはずだが、その顔には焦りは見られない。
寧ろ、次の一手はどうするか、というような趣味のチェスを楽しんでいる表情に近かった。
お仕置きしが必要かしら。
**
この日は久々に国王が王妃と晩餐を共にする。
王妃はこの日のためにと張り切ってお洒落をしていた。
そして、国王もこの日のためにと意気込んでいた。
「いってらっしゃいませ、ウィリアム様…」
普通に美しいが、王妃にはかなり劣る愛妾が戦争に送り出すかのような視線で国王を見ている。
「行ってくるよ、スーザン、ウィリー。」
国王は愛妾と息子の名前を呼ぶ。
なんとその息子には自身の愛称をつけるくらいに溺愛していた。
まだよく喋ることができないウィリーは不思議そうに国王を見つめていた。
「…本当は…本当に…何もいらないのです。ただ、こんな日々が続けばそれでいいと。」
愛妾はいじらしく、国王の胸に自分の手を置いた。
まるで貴方の心があればいい、と。
愛妾はそれを心から望んでいるのかもしれないが、側から見ればそうは見えない。
「いいんだ…私がスーザンとウィリーに何かを遺してあげたいんだ。」
国王が自分の胸に当てられたスーザンの手を取り、その手を自分の頰に置いた。
「では行ってくるよ。」
「待っています、ウィリアム様。」
熱い抱擁を交わし、愛妾は国王を見送る。
元はと言えば国王と王妃の間に愛妾が入り込んだというのに、今では王妃は国王と愛妾を切り裂く悪役でしかない。
それは純愛であり、側室など普通のことであるからにして、問題は王妃との婚約時の約束だけが邪魔なだけだった。
「お待ちしておりました陛下。」
国王をはじめとする取り巻きたちの心を鷲掴みにした少女のような笑顔の王妃がいた。
あの時からかなりの月日が流れたというのに、王妃の美貌は怖いくらいに衰えることを知らない。
歳下の愛妾と並んだとしても、王妃の方がどう見ても歳下に見えるくらいに可憐な姿だった。
「ああ。」
それなのに、国王の態度は実に冷淡なものだった。
王妃はその態度を目を細めて見ている。
国王はその瞳の中の底知れぬ恐ろしさに王妃の真の正体を見ていた。
「今日は久しぶりに陛下との晩餐なので、陛下のお好きなものばかりをご用意しました。」
王妃はまた可憐な笑顔を浮かべる。
国王はその言葉に返事もせず、目の前に並んだ2つの皿を見た。
「お気に召していただけたら嬉しいのですけど…」
蓋が一斉に開かれ、国王は「あ…」と一言もらしたが、そのまま開かれた口は言葉も出なかった。
怒りも悲しみも無く、ただ国王は呆然としていた。
「あら、お気に召しませんでした?」
王妃はまだ可憐な笑顔を崩さない。
「私が切り分けてあげましょうか?」
王妃がフォークとナイフを握りしめている。
今にも長いテーブルの端と端を行き来してしても構わないつもりだと言わんばかりだ。
「…やめてくれ…」
王妃の呼びかけにやっと国王が答えたかと思うと、両手を顔に当てて泣きじゃくり始めた。
王妃は淡々と目の前に出された夕食を食べ、一通りデザートまで食べ終わる。
「あら、食欲が御座いませんの?では、今日は城で休んではいかがですか?」
王妃はそう言葉をかけて、席を立った。
国王と大小二つの骸を残して。
**
こうなることは予測できたはず。
国王は何度も自分を責める。
この王座は全て彼女が用意したもので、自分がどうこうできるものではなかったのだ。
それを欲張ったばかりに愛する者たちをあんな目にあわせてしまった。
私は弟の代わりでしかなかった。
彼女を王妃にするためのただの駒。
彼女は自分を駒だと言ったが、それは嘘だ。
彼女は唯一のプレーヤーなのだ。
盤上の駒を好き勝手に遊ぶ唯一の支配者。
私もその一つで、私の愛する者たちは盤上を出ようとした私への警告の為に無残に捨てられた。
私に彼女の盤をひっくり返す力など、初めからなかったのだ。
国王は愚かな王になった。
ただ、何を問われても、「ああ…」と力無く答えるだけ。
そんな王を王妃は甲斐甲斐しく世話をし、サポートしている。
「愛していますわ。」
毎日王妃が国王の耳元で囁く。
そして国王は自分の愚かさに何度も打ちひしがれるのだ。