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2.この小さな世界

世界設定のあらましです。

わからなくても、ストーリーには影響しません。

面倒臭い時はスルーしてください。



 世界と歴史を消滅させた「霧の時代」。その終焉から千年が経とうとしていた。

「霧」が何故始まったのか、何時始まったのか、どのくらい続いたのか。

「霧」以前とはどんな世界であったのか。

 そもそも、「霧」とは何だったのか。

 知る者もなく、知る(よし)もない。

 ただ伝説だけが残っている。

 その昔、非常に栄えた文明があった。ところが繁栄の極限にあった世界を、何の前兆も無く「霧」が覆い尽くしたのだという。

「霧」は全てを、歴史も文化も言語も信仰も等しく虚しくさせた。否そればかりか。

 生も死も意味を無くし、光も闇も名を無くした。昨日も無く明日も来ない。時間さえも無意味であった。

 それは絶望ではない。

 絶望さえも残らない虚無。静止した世界の、緩慢なる消滅。

 深く(くら)い霧の下で、全てが生きたまま朽ちていこうとしていた、そのとき。


 我を呼び求むるは、誰か。


 その叫びとともに、冥く閉ざされた魔天より、異界、異形の狂神が降臨した。降臨の地、現在の聖都はその異神の呼び名を「でぅすえきすまきぃな」と遺している。

 ()の異神は霧を打ち払い、滅びの淵にあった世界を再生させた。憤怒と狂気の嵐の内に、光と闇、熱と凍気、生と死を振り撒いて。

 これが「霧の時代」の終焉である。

 世界を癒した天魔は、剣を地に突き立て鎧を脱ぎ盾を投げ捨てた。これが後に「剣の峰」と「(よろ)える大地」、「盾の山脈」となったという。


 天来の鬼神は生まれ変わった世界を愛でたが、所詮異界の異神。やがてこの世界を去った。が、()の異形神は我らに多くのものを遺した。

 一は「魔技」。

 天魔が偉力(いりょく)の欠片は、彼が去った後も其の侭この世界に遺された。遺された意思ある偉力、それを精霊と呼ぶ。精霊の内でも力の弱いものを、人の意志力によって使役するのである。残念ながらそれは誰にでも扱えるというものではなく、生まれつき一定以上の素質を持った者だけが扱える特異な技術だ。魔技を扱うことができる者を「術士」と呼び、その育成は、時に国家の元で行われている。

 一は「精霊石」。

 強い精霊の集う場処で自然結晶する魔力の塊だ。透き通った五色の宝珠は、各々に応じた五種の魔力を含み、その特異な性質の為、財として数えることができぬ。美姫の宝飾に相応しい美しい外見にもかかわらず、宝玉として扱われることはなくただ「魔技」を使う折にのみ重宝される。

 一は「晶銀」。

 自身強い魔力を帯び、硝子めいた、銀に近い性質を有する鉱物だ。魔力を以ってしか加工することはできぬという難点を持つが、剛く伸展性に富み、高額貨幣や武具、装飾にと用途は広い。

 ただし、その希少性ゆえ滅多に市場に出ることはない。狭小な世界、広大な大陸全土を探しても、「剣の峰」、「(よろ)える大地」、「盾の山脈」、この三箇所以外では、この希少金属は見つかっていない。晶銀が、天魔が持ち込んだ異世界の物質だと云う説が最も有力なのはそのためだ。

 更に「守護聖機(ドラウグ)」。晶銀と精霊石とで構成される、ヒトガタ。

 かつて天魔がこの世界に在った間、一人の童子を伴い世界を巡っていた、という伝承がある。

 ()の異神がその童子に与えた人形「な・い・どらうぐ・れぐな」を模倣して造られたのが現在の「守護聖機(ドラウグ)」だ。「な・い・どらうぐ・れぐな」自体は喪われて久しいが、その劣った模倣品でしかない人形たちですら、人間以上の偉力(いりょく)を有している。彼等は造られし者なれど、自身の意思を持ち、契約を以って主君に絶対の忠誠を誓う。けれどなお彼等の真なる使命は、天魔の代より変わらず、世界の均衡を保つことだという。

 彼等を構築する技術は「聖都」の中心「賢者の塔」に居る「神官団」だけにしか伝えられていない。更に「守護聖機(ドラウグ)」一体を形成するには長い時間と多くの精錬された魔力、莫大な資金が必要という。そのため、この千年もの間にも、百体余しか作られていないという。「守護聖機(ドラウグ)」は世界の守護者であると同時に最大の秘宝と言えるだろう。

 かくも多くの「善き」ものを遺した天魔だが、その遺産は決して「善き」ものだけではない。

 その最たるものが機神(きしん)「どらうぐ・れぐな」であろう。正確には彼が直接遺したわけではないのだが。

 其は彼の天魔の姿と心を映した歪んだ鏡。「天魔 でぅすえきすまきぃな」の写し身、「原初の人形 な・い・どらうぐ・れぐな」に等しい偉力を手にした狂える人形。「剣の峰」に棲みつき、出遭うもの全てに狂気と破滅をもたらす魔者(まもの)は、けれど時に正気を取り戻すのか、気まぐれのように人間を救うこともあるという。

 だからこそ魔の山を仰ぎ見る者は皆、恐怖と畏敬の念で、この機械仕掛の死神に遇わずに済むよう祈るのだ。


 そして、世界は。

 我等に遺された、最大のものである世界は。

 一つきりになっていた。

 一度滅びた世界は、虚無の海に小さな泡となってたゆたっていた。

 小さな泡、それが現在の世界の全てだ。二つの半球を重ねた、その接面だけが人間に、生き物に赦された世界だ。

 一つきりの海は、一つきりの大陸を懐深くに抱き込んで、遥か遠く広がっている。やがてその果てに高く立ち上がって天へと繋がり世界を護る「泡」となり、或は地中深く潜り込み、「人ならざるもの」どもの世界を形作っているという。

 この、世界に唯一となった大陸は、けれど目に見えぬ深い線刻によって、大きく五つに分かたれていた。

 青龍舞う、清流に恵まれた緑滴る東国。

 朱雀棲む、乾いた草原の南国。

 白虎眠る深い森と、広がる曠野を持つ西国。

 玄武潜む「盾の山脈」と、「魔者」の座す「剣の峰」とを抱きし北国。

 そしてそれらの中央、「鎧える大地」の中心にある「聖都」。

 それらは、時に諍い時に和睦し、一定の距離を取りながらも破綻することなく、緩やかに世界の調和を保っていた。

 このささやかな泡の世界を、その存在を揺るがす潮流は、偶に揺らぎ時に逆巻きながら、今(しばら)くは続くだろう浅い眠りに就いている。

 浅く、まどろんでいる。


初っ端で読みにくい本は、60ページほどトばして読んでみろという話もあるそうです。

本編が始まって慣れてからちょいちょい戻って拾い読みすればいい、という。

荒っぽいですが、某大作家の御言葉だとか。

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