表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/68

1.南限都市の夜明け

TRPGの中世的ファンタジーでの冒険シナリオを想定していますが、既存のシステムはありません。


あぁ、遊びたいなぁ…

 旅立ちはいつも夜明けだった。

 夜色が薄れ星々が色褪せ大気が青く染まる。幽かに露を含んだ冷たい風が、焦燥に揺れる胸に吹き込み震える心臓を潤す。

 この時間だけは、誰も彼も聖なる生き物になる。

 ヴァニタスは、今発ったばかりの妓楼「珠華楼(しゅかろう)」の窓を見上げた。

 夜遅くまで華やかな嬌声が響く妓楼は、夜明けが逆に遅い。夜通し焚かれた香は薄らぎ、冷たい白灰だけが名残を残す。撒かれた花は萎れ、振舞われた酒杯は乾され、今や夜露に満たされていた。娼妓(ひめ)達も花売り娘も、まだ深い眠りの淵に沈んでいよう。厳つい漢達だけが、夜も昼も目を光らせている。

 灯の消えた妓楼の二階窓で。

 手燭の小さな灯が一つ、窓掛織布(カーテン)に女の影を浮かび上がらせていた。

 暗い路地からでも、彼女(ルベ)の豊かな赤毛が見える気がする。彼女は窓掛織布の間から、立ち止まり振り返る彼に手を振ってみせた。

 自分が見えなくなるまで彼女は寝床に戻らない。それを知っていたから、軽く手を振り返しただけで足早に歩き始めた。

 南限都市の朝は、まだ始まったばかりだ。


 南限都市リムリオス・ソー。それは、北国の南端に位置する華やかな貿易都市だ。

 無論、南限都市の名はその所在位置のみを示したものではない。

 偉大なる北の都へと向いた北門を正門とするならば、南門は全てにおいてその影だった。広く明るく、(あたか)も療養所の戸口のような静けさだ。喧騒を知らず、歳若い未亡人のように顔を伏せて佇んでいる。

 一歩出れば、そこには乾いた曠野がただ広がっている。点在する小さな涌泉と、そこにへばりつく、蘚苔のごとき貧しい集落が僅かにあるだけだ。蜃気楼にも似た集落を、逃げ川のような途が綴っている。

 その(しるべ)無き(みち)、隊商のみが辿り得る陽炎の先。遥か南にはこの世界の中心たる「聖都」が鎮座している。その更に南、気が遠くなるほど南に往くことができれば、朱雀王治める南国鳳都に至るということだ。

 往くことができれば。

 南に広がる曠野、その名を「(よろ)える大地」という。

 堅く乾いた大地は、記憶と記録の示す限り、つまり「霧の時代」以降、常に生命の侵入、人間の介入を堅く拒み続けていた。

 地中深く流れる僅かな水、気紛れのような驟雨に恵まれなければ、小さな泉は忽ち干乾び、旅慣れた隊商達ですら容易(たやす)く砂礫に呑み込まれてしまう。

「聖都」の四方の大門は、常に開かれ全ての地に繋がっていたが、けれど同時に「鎧える大地」によって全てから断絶されていた。

 世界の中心は、同時に最果ての地でもあった。

 北国において、その最果ての地へ至るまでの最後の地。巨大な貿易都市、リムリオス。ここより南に、都市は、人の棲む土地は無い。

 故に、南限。


 その南限都市は、今や暁闇の衣を脱ぎつつあった。

 露店商が慌しく荷を広げ、黒辻占(呪術遣い)が店をたたむ。安宿から逃げるように人影が立ち去り、街娼が気怠るげに窓戸を閉ざす。商隊の馬車は勇ましげに金具を鳴らし、貧相な荷馬が悲しそうに通り過ぎる。井戸から水を汲む女たちの嬌声を目覚ましに、物乞いたちは(ねぐら)を出て仕事場へと向かう。枯れ木のような彼等の足を避けて痩せ(いぬ)が路地へと消え、代わりに肥えた猫が走り出る。茜に染まる東の空に、しきりと鳴き交わしながら明烏が高く低く舞っていた。

 その、陰で。

 未だ青く清んだ大気は、得体の知れない何かを孕んで硬く張っている。夜の名残を懐深く包み込み、素知らぬ振りして白く化粧を整える。

 いつもと何ら変わりのない、朝の風景の中を。

 武装と言うには貧弱な小剣と短剣を帯び、古びた革鎧と擦り切れた青鼠色の外衣に身を固め、痩せた荷を揺すりあげてヴァニタスは北門へと足を向けた。

 その骨ばった背に、彼には扱えぬ長大な剣が括り付けられている。

 長年担い続けているそれは彼の背丈ほどもあり、実重量は存外軽いが、それでも充分金属の質量を有していた。油紙と亜麻布で固く包まれて、その内は長く人目に触れたことが無い。細い肩に食い込むこの重荷を、けれど下ろす日は決してあるまい、そう信じていた。

 次第に白んでくる空にまだ黒々と横たわる石塀は、何故かいつも、世界の外に在るという巨大な蛇を連想させた。その石塀の切れ目に、高い櫓と鐘楼が、続いて大きく頑丈な門扉が現れる。

 その足元には既に、小魚の群影のように旅人達が集っている。僅かな銅貨を掌に握り締め、ヴァニタスも彼等が作る小さな列に加わった。

 日の出と共に高櫓の篝火が消され、街門が開かれる。門は旅行く人を受け入れ、或は送り出す。

 

 ささやかな希望の内に。




ラノベ盛んな時期に、ファンタジーが読みたくて。

でも好みのものが手に入らず。

とうとう自分で書いてしまいました。

元は某TRPG用に思いついたシナリオと舞台でしたが、日の目を見ることはありませんでした。


さらにこの主人公も、本当は別作品からの出動でした。

元の話の方が、なかなか進まず、宙ぶらりんなのが困ったところです。


手入れしながら、ゆっくり掲載していく予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ