妹が厨二病を発病してしまったらしい
かわいい妹の真央が厨二病になってしまったと、真央のお友達が教えてくれた。
「……それで、厨二病って一体どんな病気なの? 治るんだよね……?」
「いのりさん、厨二病はそういう病気じゃないです。……物理的な害は無いですし、とりあえずは変なことばかり言う思春期特有の麻疹のようなものだと思って頂ければ」
「そうなの……」
真央と長年仲良くしてくれているツキちゃんによると、真央の奇妙な言動はつい三日ほど前から始まっていたらしい。
その始まりは、「自分がかつて魔王だった」という宣言からだったという。
「……ツキちゃん、? ……いいや、我が側近よ。我等は何故、このような矮小極まりない姿になっている?」
「真央ちゃん頭イカレたの?」
「貴様、魔族の王に向かって何たる口を」
「生憎私に魔族の知り合いはいないから。追試に不自由しない赤点貴族な真央ちゃんなら私の親友なんだけど」
いつものように図書室で勉強の面倒を見ていた相手から突然高圧的な口調で意味の分からないことを言われても丁寧に対応できるツキちゃんはやっぱりいい子で、妹の親友でいてくれて本当によかったと思う。
顔の片側を手で覆い深刻そうに眉を顰めた真央は、ツキちゃんに対して執拗に「我は勇者に負けたのか」「一族の悲願は終ぞ叶わなかったか」「だが人間の生活もなかなかどうして悪く無い」「時に貴様、人間の姿では随分と薄い胸部をしているのだな」などとまくし立て、ついにツキちゃんを道連れに図書室から追い出されてしまったらしい。
最後の一言に対してのみ拳で答えたツキちゃんはその後「人間風情が我を動かす世界が存在するとはな!」と高笑いする真央を置いて帰ろうとしたのだが、下駄箱で靴を履き替える時、私のことを思い出したらしい。
ツキちゃんとは私もそれなりに長い付き合いがある。
故に、私が真央のことを常日頃からかわいくて仕方がないと思っていると知っていて、わざわざ校内に戻って真央から色々と聞き出してくれたようだ。
曰く真央は、ここではない世界で人類と敵対する魔族に生まれた。魔族の中でも特に力ある一族の嫡子として教育を受け、その歴史ごと一族の悲願を背負っていた真央は順調に人類を蹂躙し世界を支配する一歩手前まで上り詰めた。
しかし、その真央の前に最大の障害……神託によって導かれた特別な力を持つ人間、勇者が現れた。
勇者は恐ろしい程に強かった。
真央が放った魔物も刺客も一撃の元に屠り、たとえ損傷を受けたとしても瞬く間にその傷は癒され、再び進撃を続ける。
言わば、人間よりも魔族に近い力であった。
しかし、たとえ仇敵に似た力を持っていようとも勇者は人類からの信頼を失わなかった。
なぜなら、勇者の力は聖なる祈りによるものだったからだ。
孤児であった勇者を育てたシスターがある一時、国や人類を忘れ勇者の為だけに祈りを捧げた瞬間、勇者の身に突如光が降り注ぎ、それと共に強大な力が宿ったという。
そして同時刻、国の最高位司祭に神託が降り、孤児は勇者となった。
勇者の力の正体を知った魔王が取るべき手段はただ一つ。その力の源である祈りを捧ぐ者……シスターを消してしまうことだ。
「……じゃあ、真央はシスターさんを殺してしまって……世界を手に入れたの?」
「いいえ、真央はその後まもなく激昂した勇者によって討伐されたそうです。……ちなみに私は、その時真央な魔王を庇って死んだとか」
一気に話を終えたツキちゃんは、心なしか淀んだ瞳で紅茶に口を付けた。
砂糖をたっぷり入れた紅茶を飲んだ瞬間、あれだけ疲れた顔をしていたのにぱっと嬉しそうな顔をするツキちゃんは、とても可愛らしい。
「そうなの……真央のこと守ろうとしてくれて、ありがとうね、ツキちゃん」
「……いのりさん、もしかして真央の話を信じるんですか?」
「ええ。ツキちゃんもでしょ?」
真央を庇ってくれたらしいツキちゃんにお礼を言うと、ツキちゃんは訝しげな視線を私に向けた。
けれどそんなツキちゃんも、真央の話をまるきり嘘だと切り捨ててしまう子ではないのだと、私は知っている。
「……まあ、ここ最近の真央を見てると、どうにも……。それにもし真央がホラ話で私をからかいたいだけなら、その殺したシスターをよりによっていのりさんにする必要がありません」
「え?」
と、ツキちゃんは驚くべきことを言った。
「随分と驚いたそうですよ。それに、混乱したとも。何せ前世の自分が殺した相手と大好きな姉がまるきり同じ顔をしているのだから、と。三日前からの真央の挙動、おかしかったでしょ?」
「ううん……そういえば……かな?」
確かにここ三日間の真央はどこかおかしかった。
私がお風呂に入っていると突然乱入してきて心臓のあたりを凝視してきたり、それだけでなくぺたぺたと触れてきたり。
おじいちゃんのお仏壇に手を合わせていたら掴みかかるような勢いで飛びついてきて、
「……まさか祈りをっ!? ……いや、これは祈りとは……い、いのりお姉ちゃん……」
「真央、どうしたの?」
「……ああー……ちょっとね、お姉ちゃんを呼び捨てにしてみたくなって……ほら、友達姉妹とか……言うじゃん……?」
と、しどろもどろになっていたり。
夜中に
「勇者……勇者が来る……光が……光をはじく、金の髪……ああ……聖なる、黄金の……」
と魘されていたり。
「うん、少しおかしかったかも……」
「最後の寝言物凄いじゃないですか。それ聞いてどう思ったんですか」
「ゲームの夢でも見てるのかな? って。実は真央、成績が上がるまでゲームを禁止されてるの。……だから、夢に見るほどしたいなら私からお母さんにお願いしてみようかなー……と……」
「相変わらず甘々ですね。……まあそんな感じですし、暫く気を付けていきましょう」
いのりさんがそんなだから真央はいつまでたっても甘えたなんですよ、まあ私も真央が心配なんですが……とため息を吐いたツキちゃんは、そのまま紅茶を飲み干した。
「もしかして、今日は真央に合わずに帰っちゃうの?」
「はい、親友の噂をしこたま話した後にその親友と遊べる程の面の皮は流石の私も持ち合わせていないもので」
「真央はそんなこと気にしないわ。真央のための話なんだから。今日は本当にありがとう」
ツキちゃんは話しながら着々と帰り支度を整えていった。食器を下げ、テーブルを軽く拭き、鞄を持って一礼。本当によくできた子だ。
「私がなんとなく嫌なんですよ。……それにいのりさんもどこかへ出掛けるんでしょう? 相手の人は大丈夫ですか?」
そのうえ、私がお友達と遊びに行こうとしていたのも見抜かれていたらしい。
真央について大事な話があると言われたため相手の子に今日の約束は無しにして欲しいと頼んだのだが、相手の子は律儀にも私の予定が済むのを待っていてくれるとのことだった。
「実は今日、後輩の子と遊ぶ約束をしていたの。よく分かったね」
「私が来てからどこかへ連絡してたでしょう? いのりさん誰かといる時は滅多に携帯触らないから、なんとなく気になって。そしたら画面も見えちゃったんですよ……すみません」
「ううん、いいの」
ツキちゃんとはお互い、暫く真央のことをよく見て、異変があったならすぐに知らせ合うという結論になった。
……ツキちゃんは厨二病のことを麻疹のようなものと言っていた。かくいう自分にもそういった思想に覚えがあるのだと。もしかしたら他にもそういう子はいるのかもしれない。
「……そういう訳なの。……ヒカリちゃんにも、そういうことがあったりした?」
「……ええ、実はそうなんですよー! イッタい妄想なんかノートに書いちゃったりもして! ……先輩、もしよかったら今から家に遊びに来ませんか?」
恥ずかしいけど先輩なら笑ったりしないでしょうしー! とはにかむヒカリちゃんの頭を撫でた。私の周りにはいつも可愛い子ばかりがいて、私はとても幸せだ。
(……“いつも”? ……まるで私まで前世があるみたい)
「先輩、早く早くー!」
私の手を引くヒカリちゃんの綺麗な金髪が、陽の光を弾いてきらきらと輝いていた。
この後いのりさんは、前世では自分の巻き添えにする形で失い今世ではよりにもよって仇敵本人と共に暮らしていた敬愛する相手に見事なヤンデレを発病していたヒカリちゃん(元勇者)からゆるふわな監禁を受けます。
ヒカリちゃんがごく一方的な駆け落ちをキメるのが先か、遅れて前世を思い出したツキちゃんとともに真央ちゃんが前世棚上げ颯爽登場今では私が妹です特別な存在アタックをキメるのが先か。