一欠けら
これアカンやつや。
ルシェはもう俺の事を忘れちまったってのか。
なんてこった。
「どこ行くんですか?」
立ち上がり、部屋を出て行こうとする俺にクラリン。
「悪い、ちょっと一人にしてくれ。ルシェ、またな」
皆が心配する視線が気になったが、俺は一人になりたかった。
ルシェは変わらずキョトンとしていた。
こういう事態は予想してなかったなー。
この家のゲストルーム(今は俺の部屋)に入り、うつ伏せのままベッドに身を投げた。
今は考えるのをやめよう。
このまま寝て起きれば、きっと何もかも解決してるさ。
悪い夢を見ていた、ただそれだけで・・・・・・
「起きて・・・日詩ってば、起きてよ!」
「んーなんだあ?」
「ごめんなさい!私ちょっと寝すぎてたみたいで、日詩の事忘れちゃってて、エヘヘ」
「おお!何だよそうだったのかよ、ビックリさせるなよ。もうどれだけルシェの事心配したと思ってるんだよ」
俺は飛び起きてベッドに腰掛けると、ルシェも隣に座った。
こうでなくちゃルシェじゃない。
ああ良かった。
ちゃんと思い出してくれたんだな。
「体の方はもう大丈夫なのか?」
「ええ、寝ていたといってもそんなに長い間じゃないんでしょう?みんなから聞いたわ。どれだけ私のために頑張ってくれたのかも・・・」
「まあ・・・な」
「日詩、ありがとう。・・・・・・好きよ」
あれ?
俺、抱きしめられてる。
しかも告白しようとしていたのに、逆に好きだって言われてる。
俺はあれだけ失敗してたのに、ルシェからの告白はすんなり上手くいくなんてずるいなあ。
まあ当然抱きしめ返しますけど。
ああ、なんて充足感なんだ・・・今までの苦労が全て吹き飛ぶくらいに幸せだ・・・。
口元に温かい何かが触れている。
多少息苦しさを覚えて目を開けると、目を瞑っているクラリンの顔がある。
クラリンにキスされているのか・・・それであんな夢を・・・。
って事はやっぱり、ルシェに忘れられているってのは夢じゃないんだな・・・。
「あ!ごめんなさい!」
起きている俺に気付いてクラリンが飛び退く。
「ああ、大丈夫、分かってるから。夢を見せてくれたんだろう?クラリンは優しいな」
起き上がり、夢の中と同じようにベッドに腰掛ける。
「・・・それでもごめんなさいです。勝手な事をしてしまって」
叱られている子供のように、目の前で立ちながら震えているクラリン。
「いいって。まあそのうち思い出してくれるだろ。慰めるつもりでここに来たの?」
「はい・・・それもあります。部屋を出て行く時の、日詩さんの悲しい顔が忘れられなくて」
「他にも何か?」
「夢を見せるだけなら口づけは必要ないんです」
なるほど、そういう事。
「精気を吸うのには必要なんだろう?」
「すぐに必要と感じた時は、口づけが一番効率がいいってだけなので・・・」
「ふむ?」
「もう・・・分かりませんか?」
「いや、分かった。今のでハッキリと。薄々は感づいてたんだ。俺もクラリンの事は・・・・・・」
んん・・・寝起きで流されてるなー俺。
サキュバスに魅入られたら・・・しょうがないんだろうけど、それは言い訳になるのかねえ。
「いい子だし、強くて頼りになると思ってる。側にいてくれると安心する」
「すみません、こんなのずるいですよね」
「ずるい?」
「日詩さんが落ち込んでいる時にこんな事・・・」
そう言ったきり黙って俯く。
難しい。
こうなったら俺も素直な気持ちを伝えておくか。
「知っての通り俺はルシェが好きで、恋人にしたいと思ってる。天真爛漫なところもそうだけど、一生懸命で頑張り屋さんで俺にすごく優しくしてくれて」
ジッとこちらを見つめ、話を聞くクラリンの顔は真剣だった。
あれ・・・そう考えるとクラリンも一緒なのか。
しかも今気付いたけど、クラリンが本気になれば俺を魅了する事なんて簡単じゃないか。
それをしないって事は・・・
「そういう面ではクラリンも一緒だった。そうだなあ・・・クラリンは正直で、恋愛に対してフェアだと思う。俺に気を使っているのか、ルシェに気を使っているのか、自分が許せないのかは分からないけど、ずるい事はしたくないって思ってるでしょ。キスは・・・ずるいかもしれないけど、少なくとも魅了の魔力で俺を操ろうとは思ってないよね」
「はい。それは日詩さんの言う通りです。そんな事をしても本当の気持ちは得られませんから」
「うん、だから俺も正直に打ち明けるとルシェが一番好きなんだ。クラリンの事が嫌いってわけではもちろんなくって、クラリンの事も好きだけど、恋人にしたいのはルシェの方。なのですまん」
誠実には誠実で応えよう。
俺は頭を下げた。
「ありがとうございます日詩さん、正直に答えてくれて。でも、これからも困っている時は助けますし、日詩さんの事を好きでいるのは構いませんよね?」
「ああ、それはクラリンの自由だよ。俺も助けてもらって嬉しいからね」
自由だああああああ!とボケたかったが、この雰囲気で言える度胸が俺にはなかった。