エルフの少女
「さあてと、まずはどうするか」
とりあえず、自分の置かれている状況を分析する。
自転車でコケたダメージは回復している。怪我も治っていた。
「これも魔法の力なのかな?」
着の身着のままこちらの世界にやってきたが、多少蒸し暑く感じるものの、寒くはなかった。
今の格好は学生服のズボンに、半袖のワイシャツである。
かぶった水はそのままのようで、濡れてはいたが。
靴はスニーカーで、他には何も持ってはいない。
いささか心もとなく感じる。
ただ、ここが異世界だと言われても、ピンと来なかった。
この森の景色なんかは、ちょっとした山奥にでも入れば見かけそうな気もする。
それはそうと、このままじっとしていても仕方がない。
とりあえずその辺を歩いてみる事にした。
空も地球で見かけるように青空が広がっている。辺りが薄暗いのは樹木に囲まれているせいだ。
足元に気を付けて、草をかき分け歩を進めていく。
まず、人がいそうな所に行かなくては、このまま森を彷徨っていても、いずれは力尽きてしまう。
気付くと、いつしか獣道が現れ、それに沿って歩いていく。
すると、目の前の木の幹に何かがぶら下がっているのが見えた。
「なんだアレは?」
植物の蔦によって吊るされているそれは、周りに虫がたかっている事から、食べ物だろうか。
いずれにせよ、近づいてみなくては分からない。
確かめるため、ずんずんと進んでいくと・・・
ドサッ
穴に落っこちた。
「やったわ!ついに獲物が掛かったわ!」
ワーイワーイと、後方から声が聞こえる。
穴は胸の高さまであり、振り向いて声の主を確かめようにも、身動きできない状態だった。
「二年も待ち続けて、やっと、やっと私にもこの日がやってきたのね!これまではいつも落ちこぼれとか、出来損ないとか、村始まって以来の天然ボケ娘とか言われてきた私だけど、今日からは違うわ!」
興奮して喋っているようであるが、その合間を縫うようにして声を掛けてみる。
「盛り上がってるとこ悪いんだけど」
「この獲物を見せつければ、毎回ご飯の度に嫌味を言ってくる母様も認めてくれるわよね!『私の脛はこの子にかじられるためにあるのかね』なんて、もう言わせない!」
全く聞こえていないようなので、もう一度、今度はかなり大きな声で呼びかける。
「ちょっとー!聞いてますー?」
ピタと、声が止んだ。
ザッザッと、声の主と思われる者が近づいてくる。
こちら側に回り込んできたため、姿が露わになる。
目に映ったのは、自分と同い年くらいの少女であった。
透き通るような肌の色、目はパッチリと大きく、鼻はやや高めの整った顔立ち。
これまでに見た事がないくらいに綺麗な金髪。
髪の間から覗かせている突起は、エルフ特有の尖った耳だろうか。
一言で表すならば、美少女だった。
彼女はこちらの姿を認めると、放心したように動きを止めた。
まるで時間が止まったかのように。
「あのー、出してもらえませんか?」
助けを求めるも、彼女は聞いていないようだった。
少しして突然その場に崩れ落ち、今度は泣き始めた。
「ウウ・・・やっと獲物を捕らえたと思ったのに・・・まさか・・・こんなのが掛かってたなんて・・・」
「ええっと・・・なんかごめんなさい」
なぜか罪悪感が沸いてきて、とりあえず謝っておく。
「で、あんたは誰?ここで何してんの?」
エルフの少女は怒ったような口調で質問してくる。実際、怒っているのだろうが。
掘り出してもらうと、落ちた時に汚れたのであろう箇所をパンパンと叩き、質問に答えた。
「俺は十川日詩。この世界にいる、救わなきゃいけない女の子を救いに、違う世界からやってきた」
「ふうん。違う世界から・・・ねえ」
信じられないのか、ジロジロと体中を観察される。
「そうね、なら私を救ってくれる?今日こそ獲物を捕らえて、村に持って帰りたいの!」
「獲物って、どんな動物なんだ?」
「んーと、あ、いたわ!あんなやつよ!」
少女が指さす方を見ると、イノシシのように見える動物が、こちらに突進してくるのが見えた。