君の傍
俺はルシェを背負ってクラリンと一日掛けて村に戻った。
門番の男たちは、背負われているルシェを見て怪訝な顔をしていたが、説明しようという気にはならず、そのまま村に入った。
真っ先にルシェの家に向かい、彼女を連れ帰ると、ご両親の狼狽っぷりは尋常ではなかった。
一人娘である事から当然の結果かもしれない。
間もなく長老のじいさんとおばあちゃんも訪れ、俺とクラリンは説明に追われた。
「ルシェのお母さんもそうだけど、長老のじいさんまでもが取り乱すとは思わなかったな。どれだけ愛されてるんだか、ルシェは幸せ者なんだな」
そう、とても幸せ者だろう。
窓からの風によって流された髪が睫毛に掛かったのを見て、俺は優しく撫でて髪を元の位置に戻す。
気が付くと随分と日が傾いていた。
次の日も俺は椅子に座る。
昨日とまるで変わらないルシェを見つめながら・・・
村で一番の回復魔法の使い手と言われる、長老のじいさんの息子さん、ルシェの叔父さんがやってきて、すぐにルシェの容態を確認。
あれやこれやと色々何かしていたみたいだったが、俺にはもちろんそれが何だったのかは分からない。
ただ、その人が言った言葉を忘れる事は出来なかった。
「大量に出血したせいで意識を失ったんだとしたら・・・このまま植物状態から回復する可能性は・・・」
「あるんだろ?回復する可能性は!」
俺は怒鳴っていた。
「あるんだよな!?俺、何でもするからさ!だから何とかしてくれよ!」
身体が勝手に動いていつの間にかその叔父さんに掴みかかっていた。
叔父さんの体を、上下に揺さぶっているところをルシェの両親に引きはがされ、俺はルシェの親父さんに一発もらい
「日詩くん、君以上に悲しんでる者がここには大勢いるんだ。取り乱すのは悪い事じゃないが、みんなの気持ちも考えてくれ」
「ウアアアアアアッ!俺は!初めて好きになった人がルシェで!告白したかったのにそれも出来なくて!こんな形でお別れするなんて!そんなのは絶対に!絶対に認めない!!」
いやあ、思い返すと恥ずかしい事をしちまったもんだけど。
それが本音だったんだよ、ルシェ。
その日はクラリンがやってきた。
「クラリンか」
今までずっと泣いていたのか、目は真っ赤でいつもの元気がない。
それも当然の事だけど。
「日詩さん、これから私どうすればいいでしょうか」
「ん?どうすればって・・・あ、そうか」
元々はルシェに恩返しするためにここにいたんだっけ。
そのルシェがこんな状態になってしまっては・・・って事なんだろう。
「・・・・・・クラリンはどうしたい?」
「私は・・・日詩さんはどうするんですか?」
俺は何も・・・ルシェと一緒にいられればそれで。
「日詩さん」
こうして一緒にいてあげれば、目覚めた時に寂しくないだろ?
「日詩さんってば!」
「ん?」
「そんな顔してちゃダメですよ。姉様はそんな顔してる日詩さんなんか見たくないに違いありません!」
どんな顔をしていたかと問われれば、さえない顔だろう・・・そうかもしれない。
「私もずっと泣いてましたけど、これからどうしたらいいかなって思って。でも仕方ありませんよね」
そう言うとクラリンは部屋を出て行った。
また次の日、俺はルシェの手を握っていた。
すると部屋の扉が開かれ、ルシェのお母さんであるミュールさんが入って来た。
「良かったわねえルシェル。日詩くんったら毎日ベッタリよ。こんなにも愛されて・・・あなたはこのままでいいの?応えてあげないと、日詩くんが可哀想よ。いつまでも眠ってて、愛想をつかされても知らないから」
出会った時はかなりお茶目な人だなと思ったけど、さすがにこの状況では真面目なお母さんなんだな。
って、そんな事を冷静に考えてるあたり、俺も少しは落ち着いてきたのかもしれない。
「これからどうするの?毎日そうやってルシェルの事を見ている?」
「ハハ、強いですね、ミュールさんは。本来ならここはミュールさんが見ているはずなのに。なんか申し訳ありません」
「そうねえ、私もそうしていたいけど、でもどうしたって生きていかなくてはならないもの。それには食べないといけない、食べるために働かないといけない、働ける環境を維持するために家事もしないといけないわ。あ、日詩くんがそうしてる分には文句はないわよ?あなたはルシェルが連れてきた大切なお客様だもの。大事にしないと、ルシェルに怒られるでしょうし、ね」
そう言ってウインクする姿はルシェにそっくりだと思う。
やっぱり親子なんだなあ。
それはそれとして、俺もこのままでいていいわけがない。
ずっと、ずっと傍にいてやりたいが。
俺に出来る事って何だろう。
「本当にありがとうございます。何か手伝える事はありませんか?」
まず、目の前にいる人から大切にしていこう。
ルシェは絶対に目覚めると信じて。