タイムリミット
「日詩さん!私の後ろに下がっていて下さい!早く!」
クラリンが素早く指示を出してきた。
こんなに焦っているクラリンを見たのは初めてかもしれない。
とんでもない状況になっている?
ボーパルバニーと呼ばれたウサギは、キョロキョロと目だけを動かして辺りを見回しているが、こちらには既に気付いているようだ。
他の脅威がないかを探っているのかもしれない。
「ボーパルバニーは発達した前歯で、人や獣の首を的確に狙ってきます!もしも避けようとしなければ、首ごと持っていかれます!」
なんだって!?
そんなヤバいモンスターがいたのか!
獲物を仕留めるのに特化したモンスターって事なんだろうか。
とにかく狙われるのだけは避けたいが、クラリンに頼るしかないのは情けない。
何か出来る事はないか・・・いや、ここはクラリンの指示に従おう。
余計な事をすれば足を引っ張る事になる。
「日詩さん!」
「ん!」
「私が火球で攻撃しますが、恐らくそれは躱される可能性が高いです。躱す時に跳躍するはずですから、その着地点を狙って同じく火球を放って下さい!」
「了解!」
ボーパルバニーの目がこちらを向き、そのまま固定される。
完全にこちらを標的にしたようだ。
そこから間髪入れずに飛び掛かって来る!
それを見たクラリンが火球を飛ばすが、やはりそれを躱しにかかるボーパルバニー。
俺は着地するだろう場所に目測を立てて火球を放った。
火球は予定通りにボーパルバニーに直撃!
しかし、沈黙させるだけのダメージを与えられなかったため、そのままの勢いでこちらに突進してくるのが見える。
そこをすかさずクラリンが次の火球を放ち、それを避ける事が出来なかったボーパルバニーは、断末魔の声を上げてその場に倒れた。
やった!と喜ぶのも束の間。
「まだ他に仲間がいないか確認しますから、私の後ろを離れないで下さい」
「おっと、そうだね。まだ終わったと思うのは危険か」
倒れたボーパルバニーの息のない事を確認し、通りの向こうに目をやると、真っ赤な水溜りに目を向ける。
確信は持てないが血の色にしか見えない。
水溜りは奥に連れて伸びていっているようで、何かが這いずった形跡があった。
そして、カーブを曲がると看板が見えるはずなのだが、それよりも這いずった後が気になり、そちらを追っていくと・・・
「姉様!!」
「ルシェーーーーーーーー!!」
そこには息も絶え絶えのルシェの姿があった。
砂利道の端の草むらまで這いずり、そこで力尽きたのかうつ伏せに横たわっている。
首元には深い傷があり、そこから大量に出血したようだった。
先ほどのボーパルバニーにやられた傷だろうと思われる。
クラリンの焦り方からして、この状況が非常にまずい事はすぐに想像できた。
俺は現実味のない光景にすぐに頭が働かず、ルシェの近くまで駆け寄ると仰向けに起こそうとしたが
「ダメです!」
起こそうとした手がクラリンに弾かれる。
「この状況で動かすのはよくありません!」
クッ、ならば
「ルシェー!聞こえるか!?」
横になっている顔を正面から見る。
目は半開きでかろうじて意識はあるようだが、うまく声を出す事は出来ないようだった。
素人の目で見てもかなり重篤な状況にあると理解出来た。
「魔法で治せないか!?」
クラリンは既にルシェの横に膝をつき、傷口に手をかざして、回復魔法を試みているようだったが
「止血するのが精一杯です!回復魔法は得意ではありませんので」
クラリンは悔しげな表情で回復魔法を行使し続けている。
何とか・・・何とか出来ないのか!
「日詩さん!ユッグドラジルの雫は、どんな病気や怪我も治してしまう力があります!」
そうだったのか。
「急いでそれを取りに行って下さい!」
「分かったけど、どう行けばいいのか」
クラリンは看板に目をやると
「看板の案内が左から右に変わっています!そちらが正しい道だったのかもしれません!」
「よし!行ってくる!」
走り出そうと立ち上がった時、右手をクラリンに掴まれた。
そのまま体を引き寄せられると、クラリンは唇目掛けて
チュッ
「これで私も少しは持ちます。緊急だったのですみません。これを持ってって下さい。何かの役に立つと思います」
そう言って洞穴で手に入れたオーブを握らせてくる。
「クラリンが持っていれば、回復魔法を使い続けられるんじゃないのか?」
疑問に思った事を告げるが
「ええ、ですがこのまま魔法を使っていても姉様は・・・」
ルシェを見ると目は閉じていた。
先程までは確かに、半開きであれ開いていたはずなのに。
「恐らくもっても長くて一時間くらいです!その間に早く雫を持ち帰って下さい!」
「待ってろよルシェ!絶対に死ぬな!」
俺は駆け出し、右の道をひたすらに走る。
冗談じゃない!
まだ告白も出来てないのに死なれてたまるか!
後はもう体力勝負、無我夢中でユッグドラジルに向かって・・・。
日詩が猛ダッシュで走っていき、姿が見えなくなったところで、クラリンは回復魔法を使い続けながら
「ごめんなさい日詩さん・・・ユッグドラジルまでは、どんなに急いでも片道一時間以上かかります・・・」
ポタポタと涙が零れだし、人形のように動かなくなったルシェの頬を濡らした。
「空を飛べても往復には二時間近くかかるでしょう」
大粒の涙は止めどなくルシェに降り注ぐ。
「その時はごめんなさい姉様・・・」