お待た・・・せ?
こちらに見せた顔は、大袈裟とも言えるほどに目の下が黒く、まるで絵の具を塗ったようで、もしも自然と浮かび上がった色だとすれば、どのくらい寝ていないのか想像もつかない。
頬は痩せこけ、肩の下まである髪の毛はボサボサで、ハッキリ言って死相が出ている感じの形相だ。
「入信するとみんなああなっちゃうんでしょうか」
隣のクラリンが肩を抱き締め震えている。
正直言って俺も直視出来ない。
片方の手で怯えているクラリンを抱き寄せ
「見ちゃダメだ!呪われるぞ!」
そうアドバイスを贈る。
「呪われる事はないわよお、大丈夫、大丈夫、恐くな~い、恐くな~い」
手をこちらへと伸ばして妖しい動きを見せる邪神の僕。
「いや、もう既にその動きが恐い・・・」
「ママ、この人たちがママの不眠を治してくれるって」
「ホント?」
言葉と共に伸ばした腕を左右非対称に、上下に動かしている。
これまでに見たどんな物よりも気持ちが悪い。
「ああ、本当だからその動きやめてくれないかなあ、もよおしてくるから」
「日詩さん、私あんなのに呪われちゃったら、これから生きていく自信がありません」
「大丈夫、呪われる時は一緒さ」
「日詩さん・・・」
どちらからともなく抱き合う。
「あのう、そこで盛り上がられても」
困った顔を見せている少年ハーピー。
「なああんた、眠らせてやるから普通にしてくれないかな?クラリンが怯えちゃってるからさ」
「分かったわよお」
伸ばしていた手を下ろした化物は、一度落ち着きを見せたかのように思えたが、クラリンのポッケに目をやると錯乱しだした。
「そこで光っている物は何!?」
「オーブと呼ばれる物ですけど」
クラリンがポッケから取り出すと
「その光は!あなたたち、我が邪神様を浄化させに来た天の使いだったのね!」
「浄化されるならいいんじゃねえの?」
俺の突っ込みも空しく、木の影から一本のレーキと呼ばれる熊手を取り出すと、それを振り回しだした。
「キエエエエエ!」
「うお!危ねえ!」
クラリンを庇うように立ちはだかる!
すると、振りかぶったレーキが、後ろの邪神らしき土偶のような物に勢いよくぶつかり、粉々に砕け散った。
その瞬間、暴れていたハーピーの顔がそれまでとは違い、穏やかなものに変わっていき
「あら?私ったら何を」
そこまで言ったところで、手放したレーキが空から落下し、言葉の続きを遮ってハーピーの脳天を直撃した。
ドサッとあっけなく昏倒する。
『・・・・・・・・・』
再びしばしの沈黙が訪れた。
「ドルイド?」
「はい」
意識を取り戻したママハーピー(リラという名前らしい)の話によると、不眠気味で悩んでいたところに現れたドルイドが、先ほど砕け散った土偶のような像を崇拝すれば、悩みは解消されるとけしかけてきたという事だった。
「人の弱い心に付け入って、洗脳しようとする悪いモンスターです」
クラリンが説明した。
「なるほど。それでおかしくなっていたというわけか。じゃあ、あの気色悪い踊りや歌なんかもドルイドから教わって?」
「いえ、それらは私のオリジナルです」
「うわあ」
引くわあ。
オリジナルかい。
あんな気持ち悪い事が出来るんなら、違う素質があるんじゃないか?
「ではひとまず、眠れるようにしますね」
「ありがとうございます」
リラが涙を流してお礼を言う。
そしてクラリンが、以前俺にしてくれたように呪文のような物を唱えると、リラは静かに寝息を立て始めた。
「これで一件落着ですか」
「お疲れ様、クラリン」
「僕からもお礼を言わせて下さい。ありがとうございます。では、これから渓谷の入口まで案内しますね」
案内されて森の中を歩いて行くと、見覚えのある砂利道に出てきた。
「ここを真っ直ぐ行けば渓谷の入口です」
「おう!ありがとう」「ありがとうございます」
と、お礼を言うとハーピーの少年は住処の方に飛んでいった。
「ルシェはちゃんと待っててくれてるかなあ。かなりの時間が経ってる気がするけど」
「姉様なら大丈夫ですよきっと。姉様は狩りが出来なくて魔法も私のせいで上手く使えませんけど、知識だけなら村のエルフの中でも豊富な方です。何かあったとしても、上手く切り抜けているに違いありません」
「へえ。それは知らなかった。まあ努力家って感じはするよ。いつも頑張ってるもんな」
「はい!私から見ても頑張り屋さんです!あ、そろそろ看板のある場所が見えてきますよ」
「ああ、ようやく着いたか。おーいルシェー!お待たせー!退屈だっただろー?」
声を張り上げて看板の元に駆け出す。
そこには
「お?でかいウサギがいるじゃないか。それと・・・うわあ!」
「どうかしましたか?」
ルシェの姿は無く、体長一メートルはあろうかという大きなウサギが後ろを向いて立っており、こちらを振り向いた時に見えた後ろの地面は真っ赤に染まっている。
それはちょっとした水溜りを作っていた。
振り向いたウサギの顔をよく見ると、前歯が異様なほどに発達しており、五センチはあろうかという長さだった。
「アレはウサギなんて可愛いもんじゃありません!ボーパルバニーです!」
クラリンの放った言葉のニュアンスから、それがどれだけ逼迫した事態なのかを物語っていた。