ママは眠れず踊ってる
出口に向かうクラリンについて行くと、数分もしないうちに光が差し込んできているのが目に映る。
外の光に違いない。
結構長かったなあここまで。
「やっと出られましたね」
「眩しい!随分と洞穴にいたから目が!目がー!」
「大袈裟ですよ、アハハ」
和やかな雰囲気で洞穴から脱出。
ずっと暗い所にいたせいで気が滅入っていたのが、一気に晴れていく。
それはいいとして、ここはどこだろう?
「立て看板のある場所まではどう行ったらいいのかな」
「そうですねえ、出る事しか考えてませんでしたから。そもそもここってどこなんでしょうね?」
見渡す限り草木が生い茂っている。
また森の中に出てしまったようだ。
「ルシェのやつ心配してるだろうなぁ。早く合流したいのに」
「ですねぇ。飛んで辺りを見回してみたいですけど・・・」
チラとこちらを見るクラリン。
「また吸わないといけなくなりますし」
顔を赤くしてそんな事を言うなんて・・・可愛い。
「俺はかまわないよ?一回も二回も変わらないし、アハハ」
むしろ吸われたい。
「でも短時間で吸ってしまうと日詩さんがもちませんよ」
むう、それは確かに。
残念無念。
だったらキスだけでも・・・ってもう俺ダメかも。
そう思ってたら微かに
「ん?何か聞こえる」
「羽音でしょうか?隠れましょう!」
屈んでその場に伏せると、間もなくして声が聴こえてくる。
「うーん、ここにもない。困ったなあ、どうしよう」
見つからないようにその姿を確認すると、空を飛んできたのは羽の生えた男の子のように見えた。
同じようにしてそれを見たクラリンは
「ハーピーです。ハーピーは友好的な種族なので、出て行っても問題ないと思います」
そう言って立ち上がると、ハーピーはビクッとして驚いたようだが、こちらを見ると安心したのか近寄ってきた。
そして
「あの!この辺りに眠り草の生えている所を知りませんか?」
はて?眠り草とはなんぞ。
「どうかしたんですか?」と、尋ねるクラリン。
「実はうちの母が最近眠れないと言っていて、辛そうにしてるんです。そこで、眠り草を煎じて飲ませてあげれば眠れるようになるんじゃないか、と思って探してるんですが」
ほほう。
眠り薬みたいなもんか。
「見つからないと」
「はい・・・」
「ごめんなさい、眠り草の生えている所は分かりません」
クラリンが分からないんじゃどうしようもないわな。
ん?でもサキュバスなら
「が、私なら力になれると思います」
エヘンといった感じで胸を反らせると、クラリンは背中の羽を広げて見せた。
「わあ!?サキュバスだー!」
あれ?ハーピーが逃げていく・・・
「待って下さい!大丈夫です!襲ったりしませんから!」
んーと、つまりサキュバスはある程度強い種族であると、そう考えていいのかな?
他のサキュバスを知らないしなあ。
みんながみんな、クラリンみたいにいい子ではないという事か。
ハーピーはビクビクしながら逃げるのをやめ、その場で羽をばたつかせて静止した。
顔だけをこちらに向けて。
「クラリンは襲ったりしないって。俺が保証するよ」
何の保証にもなっていないのだが、ハーピーに告げてやる。
「ほうら、こんなに可愛いし」
頭をなでなで。
クラリンは嬉しそうだ。
「ハア、良かったぁ。殺されるかと思いました。すみません、勘違いしてしまって」
「サキュバスってそんなに狂暴なの?」
クラリンは気まずいといった感じで恐縮し
「かもです・・・洞窟にいた仲間は、友好的な種族とは程遠いほど好戦的でしたから。こちらこそ驚かせてしまい、ごめんなさいです」
頭を下げるクラリンを見て、ようやくハーピーの表情も強張りが取れた気がした。
「えと、何とかしてくれるんですか?」
「はい。大丈夫だと思います」
「ありがとうございます!では母の所に案内しますね。ところで、あなた方はこんな森の中で一体何をしてたんです?」
クラリンはかいつまんで説明すると
「それは大変でしたね。渓谷の入り口ならそれほど遠くないので、後で案内します!」
「おお!助かったぁ」
「ひと安心ですね」
これで何とかルシェの待つ場所に辿り着ける算段が出来た!
ハーピーの少年に案内されて森の中をあちこち歩き回ること十数分。
「あそこが住処です」と、少年が指差した方には同じハーピーと思しき者の後ろ姿がある。
木々の隙間からなのでハッキリとは分からないが、何やら変な声が聞こえてきた。
「ハ~ラ~ホ~レ~ヒ~レ~ハ~レ~!」
これは!?
「うお!この声はハーピーに違いない!」
「ええ、住処ですから・・・」
少年の言葉を無視し、さらに近づいていくと今度はリズミカルな物に変わった。
「私眠たい、今眠りたい、そろそろ寝ないと体辛い、だから祈る、私祈る、邪神に向かってただ祈る」
ラップ?
この世界でラップなんてものが聴けるとは思わなかった。
俺たちが側まで行っても全く気付かないのか、それは続いている。
一本の大木に向かって踊りながら熱心に。
よく見ると、その大木にはいつか教科書で見たような、土偶のような形の物がくくりつけられていた。
「邪神に向かって祈っちゃダメだろ」
「そもそもアレが眠れなくなった原因じゃないかと思います」と、クラリン。
クラリンにもアレがかなりヤバい行為だという事が分かるようだ。
「ママー、人を連れてきたよ!」
ママと呼ばれたハーピーが動きを止め、こちらを向いて
「入信希望者かしら?」
『・・・・・・・』
しばしの沈黙が流れた。