洞穴とクラリンと
「クラリン!」
その姿を見つけて俺は手を振る。
そういやなんで穴に落っこちたのに真っ暗じゃないんだ?と、疑問に思って辺りを見回すと、地面や壁、さらに天井までもがあちこち光っている。
どういう仕組みだろ?
「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
クラリンが目の前まで飛んできて、ゆっくりと着地しながら俺の心配をしている。
「落ち葉がクッションになったおかげで、無傷みたい。どうしてあんなとこに落とし穴が・・・」
そう言ってからハッとして思った事を聞く。
「そうだ!ルシェは?その羽を見られたらまずいんじゃないか?」
「姉様には私が助け出すので、先ほどの分岐点まで戻って待っていて下さいと伝えました。姉様が見えなくなってから飛んできたので大丈夫だと思います」
「なるほど。ありがとうね、助けに来てくれて」
そう言ってクラリンの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
「で、一体どうなってるんだか・・・」
ぼやくとクラリンが口を開いた。
「おそらくあの穴は元からあったんだと思います。でないと、こんなに落ち葉が積もってるはずがないですから」
「そうかあ。運が悪いなあ俺。そうそう、あちこちが光ってるのは何?」
「ヒカリゴケだと思います。苔の一種で、暗闇の中を照らしてくれる重要な植物です。私が元住んでいた洞窟にもありました」
「ふむふむ。クラリンは物知りだね」
そう言ってまた頭を撫でると「エヘヘ」と、先ほどと同じような仕草を見せた。
改めて辺りを見渡すとかなりの広さがあり、ヒカリゴケはかなり遠くの方まで生えているように見える。
奥の方がどうなっているのかは見当もつかない。
ただ、神秘的で幻想的な風景が広がっている様は、落下した時の恐怖による動悸を緩和させて目を惹いた。
「ところで、ここって出られるのかな?」
「うーん、どうでしょうか。私が抱えて飛ぶのは恐らく無理だと思うんですけど、試してみましょうか?」
「んじゃちょっとやってみて」
「分かりました」
クラリンは俺の両脇に手を入れると、飛び立とうと踏ん張って羽をバタバタさせたが、体はちっとも浮き上がる気配すらなかった。
「やっぱり無理みたいです」
「重くてごめんね。出口を探そうか」
「そうしましょう」
あてもなく洞穴を、薄暗い中クラリンと手を繋いでひたすら歩く。
ヒカリゴケは地面のみならず、壁や天井にも自生しているようで、そこそこ辺りは明るく見えるが足元まではよく見えない感じだ。
天井までは高い所で十メートル、低くなっている所でも三メートルくらいの高さがある。
この広さのおかげで圧迫感は感じずに済んだ。
空気は湿気を含まずかなりひんやりとしていて正直寒い。
クラリンと繋いでいる手がやけに暖かく感じる。
魔法で火を灯せば暖は取れそうだが、この辺りの空気の成分が分からない以上、引火の可能性は捨てきれない。
当然、引火すれば大爆発を起こしてジ・エンドだろう。
「それにしても長いですねえ。どこまで続いているんでしょうか」
クラリンの声があちこちに反響した。
「せめて外の明かりが漏れてそうな場所でもあればいいんだけど。それも期待出来そうにないか」
この洞穴は音もなかった。
ここまで歩いてきてるが、自分たちの足音以外は他の音が一切聞こえない。
次第に恐怖感に襲われていくのを感じながら、それでも歩みを止めるわけにはいかなかった。
凹凸が途絶える事のない足場には辟易しながらも、足元には執拗なまでに注意力を注がねばならない。
そちらに気を取られていたせいか、クラリンの呼吸がいつもと違う事に気付いたのは、繋がれていたクラリンの小さな手に込められている力が、弱々しく感じ始めた時だ。
俺は慌てて
「クラリン?大丈夫?息が上がってるみたいだけど・・・少し休もうか」と、声を掛ける。
薄暗いせいで表情はハッキリとはしないけど、息遣いからして相当辛いと分かる。
「すみません、久しぶりに飛んだのと、昨日精気を吸っていないせいで力があまり出なくて」
なるべく凹凸の少ない足元の苔を払ってスペースを作ると、クラリンを座らせて、自分もその横に並んで座る。
「精気を吸えば力が出るって事なら、俺のを吸うといいよ」と、提案する。
クラリンが苦しそうにしているんだから、助けないわけにはいかないし、自分に出来る事があるのならそれをしないなんて男じゃない。
「いいんですか?」
「動けなくならない程度なら。思いっきりいっちゃって」
「ありがとうございます。正直言ってかなり余裕ないので、遠慮なくいただきます」
そういやどうやって精気を吸うのか聞いてなかったな。
ふむ、まず俺の顔を両手で掴むのか。
で、顔を近づけてきて
チュッ、チュー
そっか。
キスか。
案外単純な方法だったんだなって
キス!?
あ~、俺の初めてはクラリンか。
最初は好きな子と・・・ルシェとしたかったけど・・・クラリンなら可愛いし・・・申し分な・・・
「日詩さん!日詩さん!ごめんなさい、ちょっとだけ吸い過ぎてしまったようです」
「ん?ああ、危ない危ない、落ちかかってた」
強く揺さぶられて意識を取り戻した。
それでも直前の行為があまりにも強烈過ぎて、顔は真っ赤になってるだろう。
また一歩、大人の階段を上ったね・・・上っちゃったね。
不本意なんかじゃないさ、クラリンの力を取り戻すためだったんだもの。
ちゃんとどうするのか確認しなかった俺も悪いし、というか・・・なんかむしろウェルカムだったし・・・っておい俺!
あれえ?俺、キスして良かったと思ってるのか?
ま、まあ初めてだし、仕方ないよな。
な?
見るとクラリンは元気いっぱいの様子に戻っているが、何だか恥ずかしくてまともにクラリンの顔を見られない。
「では行きましょうか」と立ち上がり、また手を繋がれるその手の温もりにも、複雑な感情が芽生えてしまっているのが分かる。
うーむ、こんなお子様のような外見の子に俺は・・・
経験のなさが招いた一時的な高ぶりだろうと、俺は自分に言い聞かせて歩みを進めた。
気を取り直して進んでいく。
そのうちにふと、クラリンの足が止まったので、どうかしたのかと言いかけた時
「あそこの壁見て下さい」
そう言われて、クラリンのいる左側の壁、その指さす方に目を向けるが、パッと見では何が言いたいのか分からない。
手を引かれてその場所までやってくると、それはようやく判明した。
不規則に並んで生えているヒカリゴケが、その部分だけ真四角にキレイに何もない。
これは明らかにおかしい。
「ここだけ苔がないのは不自然です。ひょっとしたら何かあるのかも」
と、言いながらクラリンはその部分をペタペタと確認し始め
「日詩さん、ちょっと触ってみて下さい。ここだけツルツルしてます」
「どれどれ」
言われて触ってみると確かにツルツルしている。
洞穴なら岩肌がゴツゴツしているなら分かるが、平面にツルツルしているのはありえない。
ここだけ人工物なのだろうか。
目を凝らして見ると、その真ん中だけほんのわずかに、気のせいだとしてもおかしくないレベルで色が濃い。
「ポチっとな」と言って押す。
するとゴゴゴゴという音と共に、立っていられないほどの揺れが突然襲いかかった。
面白くなるように頑張ります