自然
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朝食を摂り荷物をまとめると、一行はガチョン渓谷に向かって再び道を行く。
クラリンは昨日よりさらに機嫌が良く、俺とルシェの手を取ると、それを引っ張って弾むように駆けた。
「姉様も日詩さんも、早く参りましょ」
一人で抱え込んでいた秘密を打ち明けて気分が楽になったからか、楽しそうに笑顔を浮かべてはしゃいでいる。
その様子は年頃の子と遜色ない。
最初は苦手に思えたが、なつかれると非常に心地よく感じられる。
妹もこのくらい元気でいてくれたらいいのにな。
貧乏で女の子なのにお洒落も出来ず不憫な妹。
クラスメイトからは意地悪をされていると、担任の先生から聞いた。
両親が生きていた頃はすごく活発で、明るく元気な子だったのに・・・どうにかしてやれないもんかなぁ。
そんなクラリンの様子を不思議に思ってか、ルシェがクラリンに言う。
「日詩とも随分仲良くなったのね」
「はい!姉様と同じく大好きですわ」
照れるなあ。
こんなに可愛らしく素直に大好きですなんて言われると、少しだけドキッとさせられる。
サキュバスの魅力の成せる業なのかもしれないけど、実際にクラリンは可愛いし素直なのだから、サキュバスでなかったとしてもこうなのかな?
それともサキュバスだから可愛い?
考えても仕方ないか。
「寝る前はここまで仲良くなかったわね?何かあったの?」
それは内緒。
クラリンの正体に関する事だし。
「夜に寝付けなかったのですが、日詩さんがお話に付き合って下さいましたの」
概ね間違ってはいない。
「へえ~、どんな話?」
何て言っていいのか分からん。
ここはクラリンに任せるか。
「日詩さんの住む世界について色々とですわ」
「そうなの。良かったわね。日詩は優しいわね」
「いやまあそれほどでも」
チラと、クラリンの方を見るとウインクしてる。
なかなか賢しい子のようだ。
辻褄を合わせるためにも、今度聞かせておこうかな。
山道を進んでいくと、やがて切り立った山が左右に現れ、なだらかなU字を描いたような地形になる。
ここがガチョン渓谷か。
渓谷の入り口まで来ると、左右に道が分岐していて、その手前には立て看板がある。
「あれは?」と、ルシェに目をやると
「道案内の看板みたいね。どれどれ?」
ルシェは看板の近くまで行きそれを読み上げる。
「この谷を抜けるには左に進んで下さい、ですって」
「了解。じゃ左に行こう」
俺も看板を見てみたが、複雑な文字が並んでるだけで、なんて書いてあるのか分からなかった。
こういう所はさすが異世界だ。
左の道は右の道と比べると、人の往来が少ない感じがする。
生えている草の量を見ればそれは一目瞭然だ。
ここを抜ける人の方が少ないのか?
よく分からんが、まあ関係ないか。
看板の案内通りに左の道を進んでいくと、落ち葉がどんどん増えていき、砂利であった部分はほとんど見えないまでになった。
「こっちでいいんだよな?」
「看板通りならこっちでいいはずなんだけど」
ルシェも不安を隠せないようだ。
そんな俺たちを気遣ってクラリン
「きっとすぐ抜けますわ。そんなに長い距離のある渓谷ではありませんし」
そうか、と安心したのも束の間
ザンッと足元の落ち葉ごと、俺だけが落下する。
その際、繋いでいたクラリンの手が離れてしまった。
「ワァーーーーーー!!」
どうしてあんなとこに落とし穴が!下に叩き付けられたら死ぬ!
何とか体制を立て直せないものか、などと考える時間があったくらいに、かなりの距離を落下した。
幸い落ちた場所には落ち葉が溜まっていて、それがクッションとなり怪我はなかったが、穴はかなりの深さがあるようだ。
体は完全に落ち葉に埋まり、這い出した後、口に入った枯れ葉をペッペッと吐き出すと、頭上を見上げたがわずかな光が何とか見えるくらいで、「おーい」と声を上げてみたが、向こうの二人に届いているのかどうかは疑わしい。
恐らく向こうも声を上げてはいるんだろうが、何も聴こえてはこなかった。
「また死に掛けたよ・・・ったく、命拾いしたけどまいったな」と、独りごちる。
見上げていても仕方がない。
キョロキョロと辺りを見回そうとしたとこで、頭上から声が。
「日詩さーん!」
再び見上げると、背中に生えた翼で、滑空して降りてくるクラリンの姿があった。