クラリン2
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
クラリンはそればかりを繰り返していた。
理由が分からない。
ルシェがクラリンに変化、変身?どっちでもいいけど、どういう事か聞いてみない事には。
「なあ、どうして謝ってるんだ?それにその羽って・・・」
「ヒクッ、ヒック、ウウ・・・」と、嗚咽を漏らすクラリン。
近くにはルシェがいて、寝袋の中でスヤスヤと眠っている。
俺は夢を見ていたのか?
時間が経ち、少しずつ落ち着いてきた様子を見せると、クラリンはポツリポツリと語りだす。
「私・・・実は・・・エルフじゃないんです」
その背中に生えている物を見れば、エルフでない事はすぐに分かるが、ここは話の腰を折らないよう黙って聞く。
「本当の正体はサキュバス。今から四十年ほど前に、ルシェル姉様に助けてもらったんです」
「うん」と俺は頷く。
「それは、姉様がご家族三人で、遠くの村まで出掛けていた時の事です。ある山を越えようと姉様たちが踏み入れた峠にはその時期、繁殖を終えて餌を求めるワイバーンの姿がありました。私はその峠にある洞窟に住んでいたのですが、喉が渇いて、近くを流れている川に水を求め、一人で峠を歩いていたんです」
そこで一度深呼吸をするクラリン。
過去を回想するにも勇気がいるのだろう。
俺は止めるでもなく、続きを促すでもなく待つと、またゆっくりと話し出した。
「ワイバーンは目ざとく、私を見つけて襲い掛かってきました。その頃、私の羽は今よりずっと小さくて、目立たなかったものですから、小さな女の子が襲われていると思ったのでしょう。姉様は、そんな私を助けにきてくれたんです」
クラリンはそこでブルっと震えると、ハァー、と息を吐いてまた続けた。
「私をかばうようにして前に立つと、魔法で火球を連発していました。今よりも一回りは小さかった姉様でしたが、その火球の威力はすごいものでした」
あれ?昔は火の魔法が使えたのか。今使えないのは一体?
「ですが、ワイバーンの噴く炎の前には成す術もなく、姉様の火球は全て炎に飲み込まれました。そこでチャンスと見たワイバーンが、姉様に噛み付こうとした瞬間、姉様を押し退けて私が身代わりになり、私は左腕を食いちぎられました。今あるこの左腕は、襲われて亡くなった他の仲間のを移植した物です」
そうか、その影響とやらで震えたんだな。
「その後何とか逃げ出して私と姉様は助かりましたが、姉様はその時の恐怖が原因で、高熱を出して何日も寝込んでしまったんです。私は助けてくれた姉様の事が忘れられず、村に忍び込んでは姉様の様子を見ていました。ずっと、ずっと苦しむように寝込んでいた姉様を、何とかして助けたいと考えた私は、姉様の意識の中に入りました。通常でしたらそんな事は出来ないのですが、弱っている姉様の意識に付け入るのは容易な事でした。そして、熱でうなされている原因が炎である事を突き止めた私は、姉様の記憶から火に関する情報を奪ったのです。おかげで姉様はみるみるうちに回復しましたが、それ以来、火の魔法を使う事が出来なくなりました」
そんな事があったのか。それで火が・・・。
「姉様から火の魔法を奪ってしまった!罪の意識に囚われた私は、どうにかして姉様の手助けがしたい、という一心で、姉様の側にいられる方法を考えました。そこで思い付いたのが村の人々の記憶の操作です。村の人々に、私という存在がいたものとして扱われるように、同胞であるナイトメアに頼んで記憶を改ざんしてもらいました。村での私の居場所として、私は姉様の従妹という立場に潜り込んだんです」
なるほど。
「そして、時には従妹として、時には命の恩人として姉様に接してきました。姉様の代わりに出来る事は何でもしようと。でも、狩りの手伝いだけは姉様に断られました。これは私が一人でやらないといけないのって。私には姉様の気持ちを汲んであげる事しか出来ませんでした。姉様がバカにされてるのは知っていますが、私が敵を討とうとするとすごく悲しい顔をするんです。落ちこぼれなのは私が悪いんだから、私のために怒ってくれてありがとう、だからそんな事はしなくていいのよって」
聞いているうちに涙が出てきた。
「そんな日々を過ごしていた私ですが、村では姉様のためだけに潜入したようなものなのに、村の人々はすごく私に優しくしてくれて・・・今ではあの村が私の本当の居場所みたいに思っています」
「じゃあ、さっきの事は・・・?」
「日詩さんがどういうつもりで姉様の側にいるのか、それを確認させてもらったんです、夢を見せて。姉様にとって害を成すような人ではないか、見極めるつもりでした。でも、所詮私はサキュバス。どうしても活動の元となる精気が目の前にあると思うと、我慢出来なくて・・・襲ってしまうところでした。なのでごめんなさいです」
ペコリとまた頭を下げるクラリン。
「じゃあ今まではどうしてたの?」
「村の人々から少しだけ・・・体に影響のない程度に吸ってました。それも本当はいけない事とは分かっているんですが・・・。私の話はここまでです」
そんな事情が・・・。
中々にハードな経緯だったなぁ。
「日詩さんに正体を明かした以上、私は覚悟を決めました」
「え?どういう覚悟?」
クラリンは一つ息を吐くと、とても悲しそうな目をして
「村の人々の記憶を解いて、私は元の洞窟に帰ろうと思います」と、言った。