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クラリン

 「姉様、この虫は何ておっしゃいますの?」

 「姉様、こちらのお花可愛らしいですわね!帰りに摘んでいきましょうか」

 「姉様、足元がぬかるんでおりますわ。お気をつけて進んで下さいませ」


 ようなついとるのお。

 ルシェとクラリンのやり取りを後ろから眺めて歩く。

 三人ともに荷物の入ったリュックを背負っていた。

 口を開けば姉様姉様と、あれは従姉妹同士という関係には到底見えない。

 ご主人様とお付きの従者かな。

 ルシェといられるのが嬉しくてたまらないといった感じだが、自他ともに認める落ちこぼれのルシェに一体どうしてなついているのか、世の中分からない事だらけだ。


 結局二人に何歳差があるのか気にはなったが、聞いたところで人間とエルフとでは寿命や成長速度など、どれも違っているため、知ったとしても何の意味もない。

 見た目で判断すれば四歳くらいの差かなあといったくらいで。

 でも、ああいう関係も悪くないかな、見ていて微笑ましいし。


 俺にも一応従兄弟はいるんだが、何しろ俺とその妹たちを引き取るのを放棄した連中の子供だ。

 向こうは捨てられた人間とばかりにこちらに蔑んだ目をやるし、俺は俺でそんな奴らが気に入らないので、完全にいないものとして扱っていた。

 すれ違っても声など掛けてくる事はありえないし、掛ける事もまたありえない。

 街中でばったり会ったとしても、何もなかったように振る舞う。

 そんな冷めた関係だった。

 頼る宛もなく、兄弟で力を合わせて今日まで生きてきた事を考えると、その絆はどんな絆よりも強固だと言えるだろう。


 「日詩、日詩!」


 ズボッと、左足がぬかるみにハマってしまった。思ったよりもそれは深く、脛近くまで泥々だ。


「うおっ!冷たっ!」


 「んもう、注意しようとしたのにまたボケっとして。しょうがないわね」


そう言ってルシェは、泥だらけになっている足に手をかざすと、魔法を使おうとしたが、それをクラリンが押し留めた。


 「待って下さい姉様。私にやらせて下さい」


 そう言って彼女が魔法で俺の足に水をかけ、洗い流してくれた。その際に左手が不自然にビクッとなったようだが、クラリンの様子にそれ以上の変化はなかった。気にするような事ではなかったか。


 「ありがとう。これからは気を付けるよ」


 「お願いします。姉様に負担をかけさせるのは心苦しいですから」


 これはもうなんというかよっぽどだな。

 崇拝してる理由が知りたい・・・機会があったら聞いてみようかな。


 俺たち一行はそれ以外のハプニングもなく、ルシェとクラリンの仲のいいところをひたすら見せつけられつつ、渓谷の手前までやってきた。

 道中は基本的に砂利道で、先ほどハマったようなぬかるみ等もあったが、それほど狭い道はなく、モンスターも鳴りを潜めていたため順調な行軍であった。

 暮れかけた空を見ると、夜はそう遠くない事を考えてか

 「今日はここまでにしときましょ」と言うルシェの言に従って、本日はこの辺で野宿する事に。

 

 夕食はリュックから取り出した干し肉や木の実などで、蓄えは三日分ある(ミュールさんが持たせてくれた)事から、現地調達する手間はなさそう。

 食事の心配がないのは本当にありがたい。

 なんとかこの世界にいる間中には、よくしてくれた人たちの恩に報いないとね。


 クラリンは近くに適当な草むらを見つけると、その一帯に結界を張った。

 これで朝までモンスターからの夜襲は防げるというのだから、魔法というのは全くもって便利な事この上ない。

 ルシェが言うには、夜になるとモンスターは活発になる事から、結界を張らないのは自殺行為らしい。

 なるほどと思った。


 草むらに各々寝袋を横たえて就寝。

 クラリンを真ん中にすると川の字のようになった。

 二人はいつまでもお喋りしているようだったが、俺は昨日の疲れが残っていて、目を閉じるとすぐに意識が途切れた。





 「キャー!」


 突然声が響き、何事!?と思って飛び起きると、隣にいるはずの二人の姿がなかった。

 急いで声のした方に駆け付けると、ルシェが熊のようなモンスターに襲われている!


 「やめろ!」


 俺はルシェの前に立ちはだかる。


 「ルシェ!今のうちに早く逃げろ!」


 「そんな!あなたを置いて逃げられないわ!」


 「んな事言ってる暇は」


 その瞬間、モンスターの振りかぶった腕に一撃され、俺は気を失った。


 次に意識を取り戻すと、またルシェの膝の上だった。

 

 「目が覚めたのね。さっきは助けてくれてありがとう。用を足そうと結界から出たら襲われちゃって・・・モンスターはあれからすぐに駆け付けてくれたクラリンが、倒してくれたわ。傷も魔法で治しておいたから」


 「そっか。情けないな、俺は」


 「そんな事ない!あなたが来てくれなかったら私は死んでいたもの!今私が生きていられるのはあなたのおかげ。だから情けないなんて事は絶対にないの。ありがとう」


 そう言ってもらえると勇気を出した甲斐がある。

 一発で殺されなくて良かった。

 膝枕されている姿勢そのままでルシェを見上げると、何だか震えている?


 「さっきの恐怖がまだ抜けてなくて。エヘヘ」


 俺は無言でルシェを抱きしめた。

 

 「ねえ、日詩。あなたにそうされると、私ね、ここがドキドキするの。触ってみて」


 胸に手を当ててルシェ。

 ルシェの言葉通りに胸に手を置く。


 「本当だ。すごいドキドキしてる。これって・・・」


 ん?

 ルシェの胸ってこんなに小さかったっけ?

 大きい方ではなかったにしろ、今触っている胸は知っている感触がまるでしない。


 「ルシェじゃない?」


 そう言うと目の前にいたはずのルシェの姿が、まるで霧が晴れていくようにクラリンに変化した。


 「え?クラリン?」


 その姿はクラリンに違いなかったが、背中にはコウモリのような翼を生やし、うなだれたその表情には涙の粒がいくつもこぼれ落ちている。


 「日詩さん、ごめんなさい・・・」

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