双月の元
「あまりにも若いから驚いちゃって。すごい似てますね。お姉さんかと思いました」
素直な気持ちだけど、こう言っておいて悪い気をする人はいないだろう。
「あら嬉しい。色々と聴きたい事がたくさんあるけど、ご飯を食べながらにしましょう。お腹空いてるでしょう?」
よく分かっていらっしゃる。何時頃こっちの世界に飛ばされたかは分からないが、転送されてからは何も口にしていない。
食事の席では当然のように自分に質問が集中した。本日三回目の説明だ。いきなり来た異世界の住人の言う事を、疑いもせず信じてくれるってのは大変ありがたい。幸運だったと思える。
そんな中ルシェが、手元の肉料理に手を付けようとしているところで
「私の脛はこの子にかじられるためにあるのかね」ってお母さん!
この場面では言わないでしょ!飲んでいた水を吐きそうになったわ。ルシェが言ってたっけコレ。マジでお母さんなんだな。もう疑ってはいなかったけど。ここは俺が援護しておくか。
「いやいや、今日はすごい活躍でしたよ!自分もすごく助けられましたし。もっと褒めてあげて下さい」
まるで何も聴こえてないように食べてるルシェは、もう慣れてるんだな。
テーブルの上には森の幸や川の幸がふんだんに並べられていて、どれも初めて食べたけどすごく美味しい。食の好みはむしろエルフの方がうるさいんじゃないだろうか。お父さんは今日は他の村に買い付けに行っていて不在との事だった。話が年齢の事に及んだ時には、正直に十四だと話すとすごく驚かれた。まあ当然か。
お腹がいっぱいになるとルシェは「もう寝る~」と言って、どこかの部屋に消えて行った。自分も今日はかなり疲れた。初めて来た世界、見た事のない物やエルフという種族、食べた事のない物等々初めて尽くしだった。目の前のご馳走をすっかりと平らげると、ルシェの母親であるミュールがゲストルームに案内してくれた。さすが権力者の一族は違う。自分の家だと兄弟と共に四人で暮らしているが、狭いアパートには部屋は一つしかない。何をするにしても全部その部屋だ。せめてもの救いは風呂が付いている事くらいか。
一人案内された部屋に入ると、部屋の隅に置かれたベッドにダイブ!これまでベッドなんて洒落た物とはお目にかかった事すらなかったから、どうしてもやってみたかった!おお、トランポリンのように跳ねる跳ねる。ふっかふかで気持ちいい!いい夢が見られそうだ。おやすみなさい。
目を閉じてしばらくしてもちっとも眠れない。環境が変わったから?って事なら変わりすぎている。吸っている空気ですら別物だ。一番の原因は興奮だな。外気に当たっていれば眠くなるかな?
部屋を出てソーっと玄関の扉を開けて外へ。おお!今気づいたけど月がちっさい!しかも、離れた場所にもう一つちっさいのが!?多少雲が多くて見にくいけど、色も何だか青っぽいのと緑っぽいのだし。これはさすがに異世界に来たんだなと実感出来る。クラスメイトの連中ならすぐに携帯でも取り出して、写真でも撮るんだろうな。
どっか座る所はないかな・・・っと、暗がりでよく見えないけどこれはベンチかな?あー、こうやって座ってると今日あった事を思い出すなあ。そういや女の子を助けたんだよな?だとしたらここの世界はもうクリアって事になるんじゃ。
「眠れないの?」
おお、ちょっとビックリしたけどルシェかな?
「うん。色々あったからさ」
「そう。隣に座るわね」
「ああ」
うーん、こうやって一緒に月を眺めるってのも悪くないな。
「帰りたいとか思ってる?」
「どうかなあ。これはこれで他の人には出来ない事を経験してるわけだし。だからといって妹たちが心配じゃないわけでもないんだけど。まあ謎の声の言うように、本当に同じ時間に戻れるんなら問題ないよな」
うん、問題ないはずだ。そう考えてしまえば今あるこの状況は・・・
「やっぱりまだ帰りたくないかな」
「どうして?」
またここで寝たりしないでくれよ。
「初めて会った時はどうかと思ったんだけど・・・すごい可愛いし、頑張り屋さんだし、助けてくれたし。それに何より」
ふう、緊張するわあ。
「俺に優しいし。だから・・・好きだ」
暗くてどんな顔をしているかは分からないけど、不思議と悪い予感はしない。ベンチに置いていた手に手を重ねてみた。
「私でいいの?」
「他の子なんて考えられないよ。ここまで人を好きになったのは初めてだ」
「ありがとう。嬉しいわ」
キタ!?
「キスして」
大勝利!異世界に来て良かったよー!最高だよ!彼女が出来ちゃったよ!それでは失礼して・・・日詩いっきまーす!
ゆっくりと顔を近づけてって唇を突き出していくと、雲の切れ間に月明りでルシェの表情がよく見えて
「ってお母さんかい!」
「あら、ばれちゃった?」
「ばれちゃった?じゃない!アンタ何してんすか!俺の純情を返して!ありったけの勇気を返して!」
しょーもねー。もう寝る!