未知との遭遇
日詩もルシェと同じように、滑り降りながら適当な木の幹に狙いを付け体を預けた。
ルシェとの距離は二メートルほど。
水の魔法は既に解除されており、今は溜まり場の底は見えていない。
「お待たせ」
日詩は預けている体が安定してる事を確認すると、ルシェに声を掛けた。
それを見てルシェは日詩に指示を飛ばす。
「私がさっきみたいに水を持ち上げるから、日詩は底の格子に絡み付いてる水草を魔法で飛ばしてもらえる?」
噴水の水が枯れた原因は、どうやら水草のせいらしい。
先ほどの練習が、いきなり活かされる場面がくるとは思いもしなかったが、やるしかない。
「分かった。失敗したら笑ってくれよ」
「大丈夫よ、あなたには才能があるわ。私が認めてあげる」
落ちこぼれのルシェに認められても・・・と思うと、微妙な気持ちになるが、気になる女の子に情けない姿は見せられない。
「よし!いつでもいけるよ」
一度顔をパンと叩いて気合いを入れた日詩は、瞑想し、底にある水草を吹き飛ばすイメージを作り上げる。
それを見てルシェが魔法を行使すべく、水の溜まり場に手をかざした。
再び溜まり場の水が持ち上がり、底が露になった瞬間にルシェは叫んだ。
「今よ!」
ルシェの合図を受けて日詩は作り出したイメージを、水草が絡まっている格子に向けて解き放つ。
ビュワッ
と、音がすると、水草のほとんどが格子から離れて飛んでいく。
だが真ん中にへばりついた水草は、ブルブルと震えただけだった。
「クッ、もう一度か」
それなりの手応えを感じてはいたが、まだまだ魔法使いとしては駆け出しのひよっ子である。
そうそう思った通りにはいかないかと、日詩はもどかしい気持ちに駆られた。
「こっちもあまりもたないわ。難しいかもしれないけど、なるべく早くお願い!」
ルシェの魔力も残り少ないのか、急かすように言ってくる。
言われた通りに急いでまた強く魔法をイメージするその一方で、突然水草は形を変えて、半魚人のような姿になった。
「キャア!」
ルシェの声に驚き、魔法を発動させる瞬間で練っていたイメージは霧散してしまう。
日詩が目を開くと、今にも半魚人がルシェに襲い掛かろうとしている所だった。
「ルシェ!」
叫びながらルシェに向かって跳躍し、ルシェの体を掴むとそのままの勢いで斜面を転がった。
ザブーン
水の溜まり場に落下する。
幸いな事に深さはそれほどなく、ルシェの体を支えながら立ち上がると、水は膝くらいの高さしかなかった。
立ち上がったルシェが半魚人を睨みつけながら言う。
「ありがとう。モンスターの仕業だったのね」
初撃を躱された半魚人姿のモンスターは体制を整え、こちらを向いて仁王立ちし、次の一撃を狙っているように見える。
だが、ルシェの反応は速かった。
素早く魔法を行使すると、モンスターに向かって次々と石礫が飛んで行った。
そのほとんどが命中しているように見える。
しかしモンスターは、最初に当たった時点では「ゴオッ」と低い声を上げて一歩退いたものの、構わずにこちらにどんどん近づいてくる。
このままではやられてしまいそうだ。
それを悟ってか、ルシェが日詩に指示を出した。
「火の玉をぶつけて!」
急いでいるので指示は簡単かつ明瞭だった。
「分かった!」
日詩はルシェを守りたいと思いながら、火球をモンスターにぶち当てるイメージを作ると、すぐに魔法を打った。
手から放たれた火球は、数刻前にパロルが作り出したものと比べると、およそ二倍ほどの大きさで、モンスターのど真ん中を目掛けて飛んでいく。
ルシェの石礫の軌道に加わった火球は、目では負えないほどのスピードを伴ってモンスターを貫いた。
グプッと、声なのかどうか分からない音を立てると、モンスターは目の前から消え去った。
「やった!」「やったわ!」
同時に歓喜の声を上げ二人は向き合い、お互いの手をガッチリと握りしめて喜び合う。
「私一人じゃ危なかったわ。頼りになるじゃない」
「思ったより上手くいって良かったよ。守りたいって思ったんだ、ルシェの事を」
日詩は思う。
あれ?これってかなりいい雰囲気じゃない?
ルシェも顔を赤くしてるし、抱きしめるくらいは許されるよな。
日詩は握り合った手を離しルシェの背中に手を回そうとすると、ガクガクっと力が抜けていき、四つん這いになってしまった。
「あれれ?」
「クスクス、どうやら魔力が尽きてしまったみたいね」
夕暮れ色に染まった沢の一角で、日詩はルシェの眩しい笑顔を見上げていた。