これまでも、これからも。
--どうか、お気をつけて…お嬢様。
そう私に告げた貴方は、どこまでも完璧な執事だったわ。
少しの乱れも許さない着こなし、丁寧に整えられた髪、ゆるりと流れるようなお辞儀。
貴方は執事。私の、完璧な執事。
執事は胸の奥深くにその『想い』を秘め、主人である私の『想い』も、【主人と従者】という分厚い壁の後ろへと隠された。
私は公爵家の娘。高位な貴族とは、常に完璧であれ、そう教えられてきた。けれど私は、今でこそ完璧な令嬢と呼ばれているけれど、昔からそうではなかった。
私が完璧と呼ばれるようになったのは、執事のお陰。彼だって、もとは完璧ではなかった。
私は執事の隣で、執事は私の隣で、お互いに切磋琢磨をしながら並大抵ならぬ努力をした。
些細なことでつまらぬ争いをし、私が喜べば執事が喜び、執事が落ち込めば私も落ち込み、どちらかが泣けば慰め、そうやって…そうして私達は常に一緒だった。
一心同体、まさにその言葉が相応しかった。
そう、相応しかったのよ。
貴方が完璧になってしまうまでは。
私が十五の時、執事は十七。
社交界ではすでに結婚をしていてもおかしくはない歳を、私が迎えたときの夜。
執事は変わった。
以前のように、雑談をしなくなった。私を見かけても、明るく笑いかけてはくれなかった。必要なとき以外は、極力私の部屋を避けていた。
なにより、私と目を会わせなくなった。
どうして、と執事に詰め寄ったときもあった。そうして、詰め寄れば詰め寄るほど、執事は…彼は、完璧な執事に近づいていった。
寂しかった。悲しかった、辛かった。
でもどんどん完璧に近づいていく執事の、声に、言葉に、段々と完璧になる私はそのことを言えなくなってしまった。
そうして出来上がったのは、自分の本音を隠し通す完璧な令嬢。
執事が何を思って私を指導したのかは分からない。分かるのは、時折見せる泣きそうな表情ということだけ。
ただの執事と主人に戻った関係のまま、三年が過ぎた。
それまでは誤魔化しきれていた婚約の話も、いよいよお父様が御許しになられなかった。
隣国のそれなりに位の高い貴族、王室、はたまた見目麗しい者、勉学に長けている者、武術の腕に覚えがある者。
皆一様に素晴らしいお人ではあった。
けれど違うの、私が望む人はこの人達ではないの。
私が欲しいのは、完璧な執事。
完璧な令嬢は、完璧な執事を望んだ。それでも、身分の差というものが私を苦しめるのよ。
結局、私の婚約者は隣国の王家の方。
他の貴族達はうわべだけの言葉を並べ、お父様とお母様は大層お喜びになられた。
もういやよ、…うんざりだわ、お願い誰か私と執事を…彼と引き離さないで。
お願いよ、彼と一緒に居られるのなら、私は公爵家の令嬢という身分を捨てても良いわ。ドレスも宝石も、この長い髪だって要らない。
だから私を彼の隣に居させて、ずっと。
…ねぇ、執事。貴方の想いを、私は知っているのよ。
貴方の想いは、私の想いと一緒だわ。
でも、貴方が私を手放すのなら、私も貴方を手放すわ。
だって、私達は一心同体ですもの。
あのときより大人になった今なら、貴方の考えが分かるわ。
だからね執事、私を『愛して』くれて、ありがとう。
「ええ、貴方と過ごした時間はとても楽しかったわ。私を完璧にしてくれたのだから、感謝しなくてはね、…ありがとう」
そう告げると完璧な執事は、昔のような明るい笑顔で笑った。
愛しているわ、執事。これまでも、これからも。
ありがとうございました〃´∀`〃)ノ