黄金の狐
事件から約半年。
バルロット国の気候にも慣れ、獣人族の割合の多さにも慣れ、ほぼ平民な暮らしにも慣れてきた。
こちらの学院は貴族だけじゃなく、平民も通う。寮はあるけど自宅からの通学者のほうが多い。
身体能力の低い私は、平民として入学するほうが誤魔化しが効く。
なので、片親違いの姉設定のミーナと暮らす私は、ただのフェミリ。
完全に平民、という生活は家が許してくれなかったので、貴族の隠し子がほどほど援助で暮らしているのかな?という偽装。
微妙なさじ加減です父様。どこまで私の演技力を訓練させるおつもりですか?
毎日が楽しくて仕方が無い。
獣人族は見てるだけでも幸せだ。モフモフ最高。
今日も私の尻尾は絶好調に揺れる。日の光を受けて、黄金色に光ってる。
そして迎える入学式。
無難に始まる新学期。
なのに何故。
どうして、似非天使が学院にいるっ?!
リチャード殿下が留学って、第一王子が国離れていいの?
私を見ても、驚いた顔もせず、かといって接触もしてこないのが、不気味すぎる。
これは、獣相も平民設定も情報が筒抜けということか。頭が痛い。
………私は無事に学院を卒業できるのでしょうか。
*****
子供の頃の夢を見ていた。
あの夢の続きだ。
大好きな子犬を『つまらない生き物』と言われて、私は猛烈に腹を立てていた。
「素直で可愛い事が『つまらない』だなんて言う貴方のほうが、よっぽど『つまらない』と思いますわ」
こんなに可愛いのに。こんなにモフモフしてるのに。
だいたい、笑顔で撫でながらその言葉って、ものすごく性格悪いでしょ、この似非天使。
「そうだね。『つまらない僕』に気づかずに尻尾を振ってくるのが『つまらない』んだ」
「嫌われたいの?」
「まさか。そんな被虐趣味は無い」
「ひぎゃ…く?」
「苛められて喜ぶ性質のことさ」
「嫌われたく無いのなら、自分を変えればいいじゃない」
「無理だね」
「じゃあ、つまらない物に近づかなければいいじゃない」
「それも無理」
私は眉をひそめた。この似非天使が何をしたいのかわからない。
子犬が嫌いなら撫でなければいいのに。モフモフが減る。
「よくわからないけど、その子犬は貴方の好みじゃないかもしれないけど、私は好きなの。
つまらないと思うんなら離れて。私が可愛がるから」
「断る」
「だから何で」
「毛並みは気持ちいいからな」
似非天使は子犬をずっと撫でている。
子犬は気持ちよさそうにしているが、あんな酷い事を思われながら撫でられてるなんて可愛そう。
心情的には止めさせたいが、子犬は嫌がってないし、周りから見たら私がわがまま言って引き離そうとしてるみたいに見えてしまいそうだ。
この似非天使、本当に腹が立つ。
「ええと…素直じゃなくて、警戒心の強い、毛並みの良い物なら好きなの?
野良猫とか、人に懐いていない犬とか撫でればいいじゃない」
「そんな賢いやつに手は出さない」
「意味がわからないよ!」
とうとう私は大声を出してしまった。
「まだ僕は弱いから、構った物はつまらなくないと、危ないんだ。
僕が強くなったら、つまらない相手でも、賢い相手でも、手が出せる。
もちろん賢いほうが好みだけど…どうだろうね?」
似非天使は私を見て笑った。
今までの優しげな微笑じゃなくて、どこか挑戦的な微笑み。
わけのわからない事ばかり言うし、人を馬鹿にしてるし、子犬から手を離さないし、本当に最低。
「貴方は『つまらない』まま『強く』なればいい。
貴方の生き方なんて私には関係ない。どうでもいい」
もうつきあってられない。私は母様の所に戻る事にした。
名前を呼ばれた気がしたけれど、お互い名乗ってないし、聞こえない振りをした。
なんなの。なんなのあれ。
*****
二度と会いたくなかったのに、その後すぐに、婚約者候補として紹介された。
同い年とは思えないほどひねくれまくって性格の悪いリチャード殿下は、外面は良くって、
以来私は似非天使に対する悪感情を隠す訓練をずっと続けている。