悪魔の尻尾
ダメだ、三人称意識しても、どうしても一人称に戻ってしまう。というか混ぜ混ぜになる。
内面描写が多くなってくると、どうしても一人称が楽なんですよね…
今までと質感が変わってます。フェリシアの残念感が出てしまった…(涙)
翌日の朝食の場。
度々父様に視線を送っていたら、食後に父様が切り出してくれた。
家族だけで話をするからと、応接室に移動。人払いはもちろん。
「フェリシアは学園を退学し、一度領地に戻った振りをしてから、偽名でバルロット国の学院に編入させる。
リチャード殿下の婚約者候補は辞退。原因は事故による歩行困難。
姿が元に戻った時のために、表向きは気落ちして領地から出ていない事にする。
真実はもちろん秘匿。王家にも学園関係者にも気づかれないように注意する事。
ああ、事故はこの家の階段から落ちた事にしよう。怪我は頭と足。その辺りの口裏合わせも必要だな」
さらっと爆弾発言である。
「反対です。バルロット国は武の国です。見かけだけ獣人族のフェリシアが学院に通うのは危険です。
せめて私も一緒に編入させて下さい」
「却下だ。お前がついていったのでは秘密にならない。
それに、まだ魔法や呪術的な解決を諦めていないのだろう?
かの国より、わが国の方が研究はしやすいぞ」
その後も父様と兄様は言い合っていたが、父様に舌戦で勝てるわけがない。
しぶしぶという感じで兄様は頷いた。
そして、心配性の兄様のおかげで、私は本当に慎重に動かなければならない事も気づいた。
新しい未来に、私は少々浮かれていたようだ。気を引き締めなくては。
「ねぇねぇ。バルロット国の文官系のお家なら、ありなんじゃないかしら?」
母様、何がありなんですか。そんな少女のような浮き浮きした顔でこちらを見つめないで下さい。
「ダメです。その…何かあって姿が戻った場合危険です」
兄様、今何を想像なさいました? 会ってもいない人に対して嫉妬するのやめて下さい。
「そうだな。偽の獣耳と獣尻尾も用意するか。
その辺りの技術は、やはり獣人の多い国の方が発展しているだろう。
ふむ。すぐに編入ではなく、半年ほど準備して次年度に入学も手だな。名を変えるのだから年も変えておこう」
もう全部、父様にまかせていいんじゃないかな。
*****
領地への出発は、ひっそりと行われる予定だった。
私は念のため、頭と足に包帯を巻いて耳と尻尾をごまかした上、椅子ごと運ばれる予定。
歩けない設定ですから。
本来は、骨折(設定)が治るまで王都の自宅で療養してから移動が自然だけど、それだと今度は頭の包帯が不自然になってしまう。
どれだけ重症なんだと。
お茶会や夜会、見舞いなど断り続けるのも大変だろうし、事故を秘密にして早めに退散した風で行こうと話し合いの結果決まった。
だが、相性の悪い相手というのは誰にでもいるわけで。
退学や婚約者候補辞退の話は新学期が始まってから周りに伝わる予定だったのに、どこからか情報を仕入れた似非天使が、色々な制止を振り切って、出発前日に見舞いに突撃してきたのだ。
迷惑。
慌てて包帯で偽装して対応してるわけですが…正直心臓に悪い。
「嗚呼、フェリシア、なんて痛々しいんだ…」
切なそうな声を出してるが、どうにも観察されてる感が強い。
父様に言われてから、鏡を見つつ耳や尻尾制御の訓練も始めているけど、まだ感情のままに動いてしまう。
包帯が誤魔化してくれる事を祈ろう。
「階段から落ちるなんて、どうして? 何があったの?」
顔『は』綺麗な王子様が、心配そうに私の顔を覗き込む。
6歳の頃は可愛らしいという印象だったが、15歳の今では中性的で綺麗な印象だ。
学園では『天使様』と信奉されている。女子だけでなく、男子にも。
「お恥ずかしながら、体調不良だったのでしょうね。
階段の上でめまいをおこすだなんて、まぬけにも程がありますわ。
この怪我は自業自得ですの。リチャード殿下、どうかそんな悲しい顔をなさらないで下さい」
もちろん、こちらも切なそうな表情と声を演出している。
似非天使との会話は本音を隠す訓練だ。そう思う事にしている。
「このまま王都で療養すればいいのに。
どうして私を置いて行ってしまうの?」
甘い声に、ぞわりとした。
今尻尾を包帯で固定してなかったら危険だった。間違いなく寒気で膨らんでいる。
「賑やかな王都は、色々と辛いのです。
お医者様も、のんびり過ごす事を勧めて下さいました」
私は寂しそうに笑う。
「フェリシア………」
似非天使の手が頭に伸びてきて、私は咄嗟にその手を払ってしまった。
触られたらまずい。というか、何女子の、しかも怪我してる(設定)の頭を勝手に撫でようとしてるの、この非常識。
「フェリシア、階段から落ちた時、手はつかなかったの?
傷ひとつない、綺麗な手だね?」
手? しまった。さっきの行動は手を見るための罠だったのか。
「落ちた時は意識が朦朧としておりましたから…」
階段落ちる前後の私は意識朦朧という設定は家族も使用人も合わせてある。
咄嗟の出来事で、使用人が手を掴むことも、階段下で私を庇う事も無理であったと。
「ふぅん。色々と気になる事は多いけど、そろそろ私も戻らないといけない時間なので、失礼するよ。
急いで来たから用意できなかったけど、後で見舞いの品を贈るね」
「いえ、すぐに領地へ出発しますのでお気遣い無く」
「ではそちらに届くように贈るから安心して」
「私はすでに殿下の婚約者候補でもありません。本当にお気遣い無く」
「フェリシアは私の幼馴染でしょ? 昔も今も私は君が大切だよ」
「まぁ、ありがとうございます。でも今後はどうか、将来身近になる方を大切になさって下さいな」
「もちろんそうするよ。ユトロ家との縁はとても大切だからね」
そうか。父様宰相ですしね。兄様も優秀だし。
私が退場しても、家の付き合いは続いていく。
でもどうしてだろう。
去っていく似非天使の後ろ姿に、何故か揺れる悪魔の尻尾が見えた気がする。