閑話:各色兎
メイド視点
ユトロ家のメイドの一人であるミーナは、裁縫店に飾ってある狐のぬいぐるみの前から動けなくなっていた。
『か、か、可愛い~。これ、フェリシアお嬢様にそっくり!』
何故狐のぬいぐるみがそっくりかと言えば、お嬢様には今、狐の獣耳と狐の獣尻尾が生えているからであった。
もちろん、購入しないという選択肢は無かった。ついでに言えば、あるだけ買った。計5匹である。
ミーナが仕えるユトロ家は、素晴らしい家である。
公爵家なのに、家人は高慢でも冷徹でも散財家でも吝嗇家でもなく、ちゃんと働きに応じた過不足無い給金をいただける。
旦那様と奥様は、人当たりが柔らかく、ディーン様とフェリシア様は落ち着かれている。
その上、ご兄妹は、素晴らしくお美しい。
旦那様と奥様も、お美しいけれど、雰囲気が大らかで、ふっくら体型なせいか、外見を飾る事にそれほど熱心では無いご様子で。
でも、流行の小物はさりげなく取り入れるセンスもお持ちで、品がいい。
結論として、家の格と大きさに比べて使用人の数が少なく、仕事は忙しいけれど、それでも希望者が多くて採用が難関になるほど、ユトロ家で働けるのは素晴らしい事なのだ。
だからミーナも、同僚も、実は優秀なメイドである。
だがしかし、狐のぬいぐるみの前には全員撃沈。
「いやーーーー! 可愛いーーー!!」
「ちょっとミーナ、これどこの店で買ったの?!」
「この色合い、まさにお嬢様。尻尾の先の白まで完璧っ!」
「ふわふわ、もこもこだねー。さすがに毛の質は違うけど、これも気持ちいいねー」
「ただの狐のぬいぐるみなのに、お嬢様に似てるってだけで、すごく利口そうに見える」
「いや狐は賢いでしょう」
「これ欲しい~~。ねぇミーナ在庫あるか聞いた?」
「嗚呼、フェリシアお嬢様………」
ミーナ達の大事なフェリシアお嬢様に、突然獣相が現れてしまった時は驚きのあまり倒れそうにもなったが、見慣れた今では愛らしく、いつまでも愛でていたくなる魅惑のオプションとして使用人達には認識されている。
お風呂上りのブラッシングと朝のブラッシングは、メイド全員が希望するので平等に交代制となっている。
「あの動き、温度、手触り。なにもかも極上よね」
「あんなに触って幸せになれる物があるとは思いませんでした」
「モフモフは至高!」
「たまらない……… フェリシアお嬢様超可愛い」
「髪のお手入れの時、一緒に尻尾もって言われたけど、あの動く尻尾を止めるなんてできないよね」
「無理無理。まずは気持ちよさそうに動く尻尾を堪能してから、おもむろにそっと手にとって…ふふ」
「たまに、ぴくんっ てなるのが、もう、もうねっ!」
「照れたお顔がまた可愛いのよ。目もうるうるだし…はぁ……」
思想的に危険なメイドが混ざってるような気もするが、お嬢様に対する愛情は確かである。
もし、この様子をフェリシアが見ていたら、引くだろうか、照れるだろうか。
それともメイドに似合う獣耳を考えるだろうか。
『仕事の邪魔になるといけないから、尻尾は短いのがいいよね。
兎…かなぁ。尻尾短い分、耳の面積大きいから、モフりがいがありそう』
きっと、そう考える。決して兎の特性を考慮したわけでは無い。
ちなみにミーナが購入した狐ぬいぐるみは、1匹が旦那様に、1匹が奥様に献上された。
あとの3匹は、保存用、自分用、布教用として大事にされている。
ディーン様にバレて裁縫店の場所を白状させられるのは、近い未来の話。