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茶色の狸



 フェリシアとディーンの父、マリウス・ユトロは、その恰幅の良さ、茶色の髪、いつも上がっている口角から、『狸親父』と揶揄される事が多い。

 もちろん、可愛らしいという意味では無く、色々と深い読みの必要な方である。

 実際、笑みを消してからの視線を受けた者にとって、その鋭すぎるアイスブルーの迫力は恐怖でしかない。

 笑顔のままでえげつない策略を提案し、笑顔のままで容赦なく敵を叩き潰す。

 アミエット国の切れ者宰相は、まったくもって一筋縄ではいかない狸親父である。


 フェリシアは夕食後、父の執務室をノックした。


「父様、フェリシアです。少々お時間よろしいですか?」


 肯定の返事を待ってから部屋に入れば、書類の載った机が見えた。


「……父様、私、リチャード殿下の婚約者候補を降りて、学園を退学したいのですが、よろしいでしょうか?」


 単刀直入に切り出したフェリシアを、父マリウスは観察するかのように頭の上からつま先まで眺めた。


「ああ、いいよ。退学の理由は階段から落ちて骨折、療養とリハビリのために領地に引っ込む、て所かな。

 耳は頭の包帯で隠せるし、尻尾は足に包帯で巻きつけて下手に動かないようにすれば、誤魔化せるだろう」


 あっさりと出た許しに、フェリシアの獣耳と獣尻尾が反応する。


「本当ですか?! 嬉しい。私、てっきり反対されるかと思ってました」


「私は特に家にこだわりが無いからね。ディーンもいるし、なんなら養子を迎えてもいい。

 それより可愛い娘が幸せな人生を送るほうが、よっぽど大事な事だよ」


 にこにことマリウスは笑っている。これは表面だけでなく本心の笑みのはずである。

 父親の笑みは、たまに家族でさえ読めない。


「あの殿下も、優秀なのは認めるが気に入らない。

 可愛いフェリシアの夫で自分の息子で国王、なんて立場になったら、忙殺するために画策する自信がある」


 平和なんだか物騒なんだかわからない事を言い出す父親。

 フェリシア的には、狸親父と似非天使は、本心を隠して外見を演出する所だけは似ていると思っている。

 中身は圧倒的に父様が素敵で、そこは全く似ていない。


「で、フェリシアは、学園を辞めて将来どうするつもりだい?」


 父マリウスの笑みは変わらないが、目が変わる。目が笑っていない。


「実は悩んでいます。領地の経営の勉強をするか、手に職をつけるのか。

 結婚相手を探す場つなぎ、ではなく、結婚しなくてもいいくらいの気概で新しい勉強をしたいと思ってます。

 王妃教育の時間が空きますからね。視野を広げて自分の可能性を探してみたいのです」


 言葉に出せば、案外すんなりと自分の希望が明確になった。

 フェリシアは6歳から狭められた自分の世界が苦しかったのだ。


「ふむ…そうだね、名前を変えてバルロット国に留学するのはどうだい?

 あそこの学院なら、獣人族も通うし、こちらとは違う価値観に触れるのは、フェリシアにとっていい経験になるよ。

 そうそう、その可愛い耳も尻尾も、使い方によっては十分武器だしね、扱い方を学んでくるといい」


「武器…ですか?」


 肉食系の種族の特徴を持つ獣人は、尻尾も攻撃に使う事があると聞いた。

 そのような、自衛手段を指して武器というのだろうか。

 だがフェリシアの尻尾は、飾りでしかない。


「ああ、違う違う。見る人に与える印象操作だよ。

 もちろん、見た目だけでも十分可愛らしくて、魅力的なんだが、意思で動きを調整できれば、手を増やせる」


「手?」


「感情を読みやすく表面に出す事は、不利益に繋がる場合もあるというのは話したね。顔だけじゃなく、態度でも。

 獣人族の獣相は、たいそう感情が出やすい部分で、表情よりも尻尾で判断される事があるくらいだ。

 大概の人族は、獣人族が感情を隠せない種族と思っているけど、そんな事は無いんだよ。

 獣人族で感情の表現の調整が得意な商人は、そりゃあもう、父の天敵でね?」


 今、父親から冷気が出た。その商人はどれだけ手ごわいというのだろうか。 

   

「そうだね、フェリシアが商人になったら最強かもしれないな。

 まぁそのためにも、色々と勉強するのがいいね。やる事は沢山ある。

 夏期休業が終わるまでに根回しの書類を用意しておくから安心しなさい」


 もう、父様の中でフェリシアの留学は決定しているようだ。

 しかも根回し書類って。どこまでの展望で用意するのか地味に恐怖である。 


「顔は冷静、尻尾は落胆、心の中では大喜び、そんな二段三段重ねの罠が張れるなんて、羨ましいくらいだよ」


 父様、それ、尻尾のコントロールが完璧じゃないと無理な罠ですよね。

 要求レベルが高すぎます。

 そして、やっぱりこの父様なら、狸の耳も狸の尻尾も喜びそう。


 『羨ましい、か。私を励ますためと本気が半々て所かな』


 いささか変わった方向からだと思うが、父の愛は疑いようもない。

 突然獣相を出現させた家族を、皆変わらず、いや、今まで以上に愛してくれている。

 しかも、誰もフェリシアを役立たず扱いしない。

 第一王子の婚約者候補から外れ、貴族への嫁入りも絶望的だというのに、悲壮感が全く無い。


『父様も母様も兄様も大好き』

 フェリシアの狐の尻尾は、幸せそうに揺れていた。





多分、ここで終わるのが一番平和です。

次話からは蛇足気味。


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