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真珠色の猫



 ディーンとフェリシアの母、ポーリンは、銀髪と、深い海の青の瞳を持つ。

 ふくよかな体型と、柔らかい微笑みは、包み込まれるような安心感を人に与える。


 兄とのあれこれで少々心の平安を欠いたフェリシアは、癒しを求めて談話室へやってきた。


「母様。お邪魔していい?」

「ええ、もちろんよ、フェリシア」


 刺繍の手を止めて、顔を上げた母の微笑みに、フェリシアは安堵した。

 テーブルを挟んで向かいの椅子に腰掛ける。


 実は母ポーリンは、獣の毛が苦手で、犬や猫が近くにいると、涙が止まらなくなってしまうのだ。鳥もダメだった。

 フェリシアは自分に出現した獣相のせいで、母に嫌われるのではないかと恐怖したが、魔法や呪いで出現したせいなのか、毎朝毎晩ブラッシングしてるせいなのか、母が症状を発した事は無い。

 でも念のため、フェリシアはほんの少しだけ母と距離を置くようにしている。


 可愛い物好きのポーリンは、もちろんフェリシアの獣耳も獣尻尾も大好きで、目線はそこに釘付けだ。

 触りたいけど、症状が出てしまったら娘が悲しむと理解しているので、優しく置かれた距離を詰めはしない。


「フェリシアの耳も尻尾も凄く可愛いけど、貴族のお嫁さんには行きにくくなっちゃったわね。

 けどね、これは恋愛結婚のチャンスだと思うの。

 婚約者候補とか降りちゃって、本当に愛する人と結ばれるの。嗚呼、ロマンチックよねぇ」


 ここ、アミエット国は、初代国王が人族の魔法使いなせいか、貴族の子息子女が通う学園には魔法の必修授業がある。

 そうなると、貴族は子供のためにも、魔力の高い者との婚姻を望む傾向がある。

 つまり、エルフや人族、まれに魔族。魔力の少ない獣人族やドワーフは、あまり望まれない。

 もちろん、武を尊ぶ国、例えば隣のバルロット国では逆の現象が起きている。獣人族、特に肉食獣の種族が尊ばれる。


 フェリシアは現在、見た目が獣人族。だから社交の場も多いアミエット国では貴族との婚姻が難しい。

 フェリシアは現在、中身が人族。だから武力系実力重視のバルロット国では貴族との婚姻が難しい。


「ユトロ家はディーンがいるし。ここはもう、フェリシアは身分を気にせず大恋愛よ!」


 ポーリンは、いくつになっても夢見る乙女を忘れない。 

 自身は元伯爵令嬢で、父とは政略結婚と思いきや、実は恋愛結婚である。

 だからこそ、特殊な教育を詰め込まれつつも、婚約者候補の『一人』という自分の娘の立場を不憫と思っているのかもしれない。

 

「恋愛うんぬんは置いておいて、婚約者候補を辞退するのは大賛成」


 フェリシアは、あの、似非天使…第一王子の婚約者候補の一人なのだ。

 暗殺対策だか貴族のバランス調整だか知らないが、複数の令嬢に王妃教育を強要する傲慢さが、フェリシアは、たまらなく嫌いである。

 実際は王妃教育は、貴族の自主性に寄るもので『あわよくば娘を王妃に』という親のエゴも含まれているが。

 フェリシアは立場上、王妃教育は必須とされていて、逃げられなかった。

 王妃教育は厳しいし、王子の第一印象は最悪だし、フェリシアは婚約者候補で良かったと思った事がひとつもない。

 

「いっそ手に職つけて働いてみようかな~」


「あら、いいわね、素敵。フェリシアは何でも出来るんだから、好きな事やりなさい? 応援するわよ」


 フェリシアは、母娘ならではの、ちょっと砕けた感のおしゃべりに、ほっこりする。

 平民に対する差別は無い。ただ、今まで苦労せずに暮らせたのは領民のおかげだから、貴族の義務を放棄するのは、なんだか心苦しく感じてしまう。

 じゃあ引きこもって領地管理に専念、あるいは補佐……あ、だめだ、きっと兄様がもれなくついてくる。

 兄様が宰相を継いで、父様が領地管理…いや、あの父様が今の兄様を宰相に推薦するはずがない。

 最低5年は補佐させて、無表情仮面から笑みの仮面に変移させるんじゃないかな。

 印象操作も仕事の内とか言い出すからなぁ…



「でもね、もし、フェリシアがその可愛い耳と尻尾を取りたいのなら、母様に押し付けて構わないからね?」

「え?」

 自分の考えに沈んでいたフェリシアは、言われた事をとっさに理解できなかった。


「呪いを移す、ていう技法がね、あるはずなのよ。今探してもらってる最中なの」

 ポーリンはにっこりと笑う。


「私はもう、社交界に出なくても大丈夫だもの。耳や尻尾が生えたって、庭で日向ぼっこしてればいいだけ。

 嗚呼でも、耳と尻尾付きのフェリシアのドレス姿も捨てがたいわねぇ…」


 どうやら想像してしまったようで、ポーリンはフェリシアの耳をじっと見つめながらうっとりしている。


「ダメです。母様に耳と尻尾が生えたら、ブラッシングで泣いてしまいます!

 狐耳の色的にも、母様に似合いません。どうせなら父様に押し付けましょう」


 父様は狸だけど、狐でもたぶん問題は無い。周りも納得してくれるだろう。

 それに、あの父様なら、案外獣相があっても気にせず城勤めをしそうである。


 そして、母様に獣耳がつくのなら、銀…いや、真珠色の猫耳がいい。

 この先年を取って髪の色が変わっても、上品で似合うに違いない。


 もし、自分が呪われて獣相が出てしまったのなら、それを他人に押し付けたくは無い。

 無理に押し付けなくても、どうやら私は、この状況を意外に悲観していないようなのだ。

 家族の愛情を再確認でき、そして自分の将来を転機させてくれそうなこの状況を。

 

 『そんなに私、今の状況嫌いだったんだ。まぁ、だいたい似非天使のせいな訳だけど』


 そういえば感情のまま動く尻尾を持つのは『つまらない生き物』呼ばわりされた訳だし。

 王子たるものが獣人族全否定とかありえないし。

 やはりこの機会に、似非天使リチャード殿下とは、きっぱり縁を切っておこう。

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